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聖書通読【第40週 6日目】『しぶとい「罪の雑草」を完全に根絶やしにし、悪魔のしわざを打ち砕く十字架の勝利』
(聖書箇所:第二サムエル記 20章 / ヨハネの手紙 第一 3章)
第40週の締めくくりとなる6日目の解説に入ります。
今日の箇所では、私たちの内側に潜む「罪の性質(肉)」がどれほどしぶとく、人間の力ではどうにもならないものであるかを見せつけられます。しかし同時に、キリストの十字架がその根源である「悪魔のしわざ」をどのように完全に打ち砕き、私たちを全く新しい「神の子ども」に変えてくださったのかという、壮大な福音の勝利を学びます。
1.第二サムエル記 20章 —— 抜いても生えてくる「罪の雑草」
アブシャロムの恐ろしい反逆が終わり、ダビデ王がエルサレムに帰還して、ようやく王国に平和が訪れたかに見えました。ところが、息つく暇もなく、今度はベニヤミン人の「シェバ」という男が反逆のラッパを吹き鳴らし、人々をダビデから引き離してしまいます。
さらに、ダビデの軍長であるヨアブは、自分の地位を守るために、身内であるアマサを騙し討ちにして無残に殺害します(2サムエル 20:9-10)。
■ 人間の心に広がる「雑草」
この終わりのない反乱や裏切りの歴史は、私たち人間の内にある「罪の性質(全的堕落)」のしぶとさを完璧に表しています。 例えるなら、私たちの心は「凶悪な雑草に覆われた庭」のようなものです。アブシャロムという大きな雑草を一生懸命に引き抜いて、「これで綺麗になった」と安心した翌日には、もうシェバという別の雑草が勢いよく生えてきます。人間の努力や道徳、あるいは政治的なルールという「草刈り機」で表面だけをいくら綺麗に刈り取っても、土の中にある「罪の根っこ(自己中心、神への反逆)」が残っている限り、雑草は何度でも蘇ってくるのです。
人間の力では、自分の心に巣食うこの罪の根を根本から取り除くことは絶対にできません。これが、旧約聖書が私たちに突きつける「人間の絶望的な現実」です。
2.ヨハネの手紙 第一 3章 —— 根っこを死滅させるキリストの劇薬
人間の力ではどうにもならないこの「罪の根っこ」を完全に断ち切るために、天から来られたのがイエス・キリストです。使徒ヨハネは、福音の真髄をこう宣言しました。
「罪を犯している者は、悪魔から出た者です。…神の御子が現れたのは、悪魔のしわざを打ちこわすためです。」(1ヨハネ 3:8)
イエス・キリストがこの地上に来られた最大の目的は、道徳の先生になることではなく、私たちの心の土壌を支配している「悪魔のしわざ(罪の根っこ)」を完全に打ちこわす(破壊する)ためでした。
■ 十字架という「究極の特効薬」
キリストの十字架は、単なる草刈り機ではありません。それは、罪の根っこを根絶やしにする「究極の除草剤(特効薬)」です。
キリストは十字架の上で、私たちの罪の根源である「神への反逆」の罰をすべてご自身の身に引き受け、神の怒りの炎によってそれを焼き尽くしてくださいました。そして復活の命によって、信じる者の心の中に、雑草ではなく、全く新しい「神の種(1ヨハネ 3:9)」を植え付けてくださったのです。
ヨハネはこの奇跡を、喜びと驚きをもってこう記しています。
「私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。事実、私たちは神の子どもです。」(1ヨハネ 3:1)
私たちはもはや、罪の雑草を生み出す土壌ではありません。キリストの身代わりの血潮によって、完全に愛される「神の子ども」へと、造り変えられたのです。
3.今日の恵みの歩み(適用)—— 「豚」から「羊」への変容
この「神の子どもとされた恵み」について、非常にわかりやすい例えを用いて説明します。
十字架の恵みによって救われた真の信者は、「豚から羊に変えられた人」です。
豚は、本能的に泥沼(罪)が大好きです。何度体を綺麗に洗ってやっても、すぐに喜んで泥の中に飛び込み、そこでくつろぎます。救われる前の私たち(全的堕落の罪人)は、まさにシェバのように、罪の泥沼を愛していました。
しかし、神様はキリストの十字架を通して、私たちの性質を「羊」に変えてくださいました。羊も、時にはつまずいて泥の水たまりに落ちてしまうことがあります(クリスチャンも罪を犯す失敗をします)。しかし、羊は決して泥沼を愛しません。泥に落ちれば「ここは自分の居場所ではない!」と悲しみ、もがき、羊飼い(キリスト)に助けを求めてそこから這い出ようとします。
ヨハネは言います。
「だれでも神から生まれた者は、罪を犯しません。(=罪の泥沼に住み続けることはありません)なぜなら、神の種がその人のうちにとどまっているからです。」(1ヨハネ 3:9)
皆さん。もしあなたがキリストの十字架と復活が私の罪の刑罰の身代わりであり、このイエスキリストこそ私の主、私の神と、この『福音』を信仰によってを信じているなら、あなたの中には「神の種」が宿っています。あなたはもう、シェバのように反逆を愛する豚ではありません。
今日、私たちを「神の子ども」としてくださった十字架の圧倒的な愛に深く安息(座る)してください。そして、泥沼にとどまる古い生き方を捨て、「羊」として、兄弟を熱心に愛するという神の御心(新しい天の性質)に従って、喜びをもって歩み出そうではありませんか。
キリストの十字架の勝利は、悪魔のしわざをすでに完全に打ち砕いているのです。

