聖書通読【第39週 5日目】裁きを手放して恵みに「座り」、神が備えてくださる力で「歩む」

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聖書通読【第39週 5日目】裁きを手放して恵みに「座り」、神が備えてくださる力で「歩む」

聖書通読第39週の5日目は、自分で「裁判官の席」に座って悲劇を招いたアブシャロムの姿(第二サムエル記13章)と、キリストに罪をおおわれた恵みの土台から、神様の愛と恵みを喜び、神さまのご栄光のために働く者へと押し出される私たちの歩み(ペテロの手紙 第一4章)について解説します。
キリストの十字架と復活という揺るぎない土台に「座る」からこそ、私たちは自力で相手を裁くことをやめ、神様の力によって「立ち」、神の栄光をあらわす生き方で、『神さまの御心に叶った良い行い』に「歩む」ことができるのです。

【旧約聖書】第二サムエル記 13章 —— 「自力の裁判官」がもたらす悲劇の連鎖

ダビデの王宮の中で、長男アムノンが異母妹タマルを辱めるという痛ましい事件が起こります。この出来事に対し、タマルの実兄であるアブシャロムは激しい憎しみを抱きました。
アブシャロムは、この問題を神様の御手に委ねることをしませんでした。彼は2年間も怒りを心に溜め込み、自分の計画のハンドルを固く握りしめ、ついに自分の手でアムノンを暗殺するという復讐を実行してしまいます。
アブシャロムは「悪い奴を処罰したのだから自分は正しい」と、自ら「裁判官の席」に座って裁きを下しました。しかし、人間が神様の主権を奪い取り、自力の正義を振りかざす時、そこには決して真の解決や平安は生まれません。結果としてアブシャロムは逃亡者となり、さらなる悲惨な戦争と死を招くことになってしまいました。
■ 復讐の連鎖を断ち切る十字架の土台
私たちが不当な扱いを受けたり、理不尽な悪意に晒されたりした時、「あいつは許せない」「自分で仕返しをしてやる」と裁判官の席に座りたくなるのが人間の性質(肉の力)です。
この人間のどうしようもない復讐の連鎖を、宇宙でただ一度、完全に断ち切った場所があります。それが「イエス・キリストの十字架」です。
キリストは、あらゆる不条理と悪意をぶつけられながらも、ご自身で復讐の刃を振り下ろすことをせず、一切を「正しく裁かれる方(父なる神)」にお委ねになりました。そして、私たちのすべての罪と憎しみをその身に引き受け、ご自身の命で処罰の代価を完全に支払ってくださったのです。私たちはこの十字架を仰ぎ見る時、「私自身が裁かれるべき罪人であったのに、一方的な恵みの十字架と復活をただ信じる信仰によって、全ての罪が赦されたのだ」という事実に打ち砕かれ、自ら座っていた裁判官の席を静かに降りることができるのです。

【新約聖書】ペテロの手紙 第一 4章 —— 恵みに「座り」、意志を働かせて「立ち・歩む」

旧約聖書で「自力で裁くこと」の限界を見た後、新約のペテロの手紙第一4章では、十字架で赦され、復活の命を与えられた者が、どのようにその恵みを実践していくかが語られます。
「何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。」(1ペテロ 4:8)
この「愛しなさい」「罪をおおいなさい」という命令は、私たちの力(自力)で歯を食いしばって相手の嫌なところを我慢しろ、という苦行の勧めではありません。
その土台には、「キリストの十字架の血潮が、あなたの数え切れないほどの罪をすでに完全に【おおって】くださった」という、圧倒的な事実があります。
私たちはまず、この100%の恵みのみ座にどっぷりと信仰によって「座り」ます。自分がどれほど愛され、赦されているかを知り、そこで深く安息するのです。すると、「この素晴らしい神様の愛に応答したい」という純粋な『意志』が内側から湧き上がってきます。 神様は、私たちが「主よ、私は自分の手で相手を裁くのをやめます。神様であるあなたに全てをお委ねします。そして私はただ神様あなたの御心に叶う者として生きたいです」と意志を働かせることを待っておられます。その尊い意志を向けた時、復活のキリストの命(聖霊様)が私たちを力強く「立たせ」てくださいます。
■ 成長させてくださるという「約束」によって歩む
さらにペテロは、私たちが踏み出す「歩み(奉仕・行い)」についても重要な真理を語ります。
「奉仕する人は、神が備えてくださる力によって、ふさわしく奉仕しなさい。」(1ペテロ 4:11)
「愛しなさい」「奉仕しなさい」という新約聖書の命令は、「わたしがそのための力を豊かに備えてあげる」「わたしがあなたをキリストに似た者へと確実に成長させてあげる」という神様の力強い『約束』です。
自分のエネルギーを絞り出す手動ポンプ(自力)に頼る必要はありません。「神様、私の力ではなく、あなたの恵みの供給によって歩みます」と心を開く時、私たちは尽きることのない恵みの泉(復活の力)から、神さまの望まれる御心の良い行いを豊かに「歩む」ことができるのです。

今日、私が実践すべき恵みの歩み

  • 「自力の裁判官」の席を降り、十字架の赦しに座る

    今日、誰かの過ちや理不尽な態度に対して腹を立て、心の中で相手を裁きそうになったら、その手を一度止めてください。「主よ、私は自力で裁くことをやめます。私の罪も十字架で完全におおってくださった恵みの中に憩います」と告白し、神様にすべてをお委ねする安息を経験してください。
  • 「備えてくださる力」に寄りかかり、愛を歩む

    そして「あの人を赦さなければ」「もっと奉仕しなければ」という自力のプレッシャーを手放してください。「神様、私には自分の力で愛する力はありません。しかし、あなたに従う意志があります。どうかあなたが備えてくださる力によって、私を立たせ、歩ませてください」と祈りましょう。神様が、あなたを確実に成長させ、豊かな恵みの歩みへと導きイエスキリストに似た者へと成長させてくださいます。

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