
聖歌467番(新聖歌268番)の「みくにのここちす(原題:Where Jesus Is, 'Tis Heaven)」は、苦難の多い現実の生活の中でも、神と共に歩むことで得られる絶対的な心の平安と喜びを歌った、非常に美しく慰めに満ちた賛美歌です。
この曲の背景、原詩の直訳、そして込められた意味について分かりやすく解説します。
この記事の目次
原詩の英語直訳とテーマ
英語の原詩は、1番の冒頭でこの曲の最も重要なテーマを歌い上げています。以下に最初の4行とその直訳をご紹介します。
"Since Christ my soul from sin set free,This world has been a Heaven to me;And 'mid earth's sorrows and its woe,'Tis heaven my Jesus here to know." (直訳)キリストが私の魂を罪から解放してくださって以来、この世は私にとって天国となりました。そして、この地の悲しみや苦痛のなかにあっても、ここで私のイエスを知ること、それこそが天国なのです。
※続く歌詞(サビや2番以降)では、「罪が赦された喜びこそが天国である」「かつて天国ははるか遠い場所だと思っていたが、今は自分の魂の中に始まっている」「山の上でも谷底でも、小さな丸太小屋でも立派な館でも、イエスがおられる場所、そこが天国なのだ」という情景が力強く歌われています。
(英語の全歌詞は「Where Jesus Is, 'Tis Heaven lyrics」などでGoogle検索するとご覧いただけます)
できる背景とエピソード
-
作詞:
チャールズ・F・バトラー (Charles F. Butler) -
作曲:
ジェームズ・M・ブラック (James M. Black) -
発表: 1898年頃
この曲の作詞者であるチャールズ・F・バトラーに関する歴史的な記録はほとんど残っておらず、キリスト教音楽の歴史において、事実上この1曲の作詞者としてのみ名を残している人物です。一方、作曲を手がけたジェームズ・M・ブラックは、「神の御子にますイエス(When the Roll Is Called Up Yonder)」などの数々の名曲を残した有名な音楽指導者でした。名もなき信仰者の書いた一本の詩に、有名な作曲家が曲をつけたことで、世界中で歌い継がれる名曲となりました。
この曲が作られた19世紀後半、多くの人々にとって「天国」とは「苦難に満ちたこの世の人生を終えた後に、死んでからようやく行ける遠い場所」というイメージが強いものでした。
しかし、作詞者のバトラーは「天国とは死後に行く場所というだけでなく、キリストが共におられる『今、ここにある状態』のことではないか」というパラダイムシフト(発想の転換)を詩にしました。これが多くの人々の心を打ち、時を超えて愛される理由となっています。
曲の解説(みくにのここちす)
日本語のタイトルにある「みくに(御国)」とは、神の国、すなわち「天国」のことを指します。「ここちす」は「〜という気持ちがする、感覚になる」という意味です。
現実の社会(うき世)には、悲しみや悩み、病気や経済的な苦労が尽きません。この賛美歌は「神様を信じれば悲しみが消えて無くなる」と現実逃避をしているのではありません。「悲しみや苦痛のなかにあっても('mid earth's sorrows and its woe)」と、現実の厳しさを認めた上で歌っています。
問題がすべて解決していなくても、自分がいる場所が豪邸ではなく粗末な小屋であっても、心の中に主をお迎えして共に歩むならば、そこには誰にも奪われない絶対的な平安があり、まるで「天国にいるかのような心地(みくにのここちす)」がする。
「環境や場所が幸せを決めるのではなく、誰と共にあるかが心の平安を決める」という、非常に温かく力強い希望のメッセージが込められています。

