信仰 【 ルカ14:15-24 その① 】「今は忙しい」が、永遠を逃すとき 「今は忙しい」が、永遠を逃すとき(ルカ14:15-24) 16するとイエスはこう言われた。 「ある人が盛大な宴会を催し、大ぜいの人を招いた。17宴会の時刻になったのでしもべをやり、招いておいた人々に、『さあ、おいでください。もうすっかり、用意ができましたから。』と言わせた。18ところが、みな同じように断わり始めた。最初... 2026年3月19日 こころのオアシス
【聖書通読日課】 【聖書通読:第11章5日目】神の時間に戻る。恵みの宴に応答する(レビ23/ルカ14) 【今日のタイトル】神の時間に戻る。恵みの宴に応答する(レビ23/ルカ14) レビ記23章は、神さまが「礼拝のための時間」を決めてくださった章です。忙しさで神さまを忘れやすい私たちが、神様を崇め、神様をこころから礼拝する素晴らしさを明らかにします。 ルカ14章は、宴の席での教えを通して、「へりくだること」と「神の招きを... 2026年3月19日 こころのオアシス
ホッと一休み 「神の前に愚か」とは何か/「神の前に賢い」とは何か?(ルカ12章) 「神の前に愚か」とは何か/「神の前に賢い」とは何か? 1 本文箇所と状況:なぜこのたとえが語られたのか(ルカ12章) 1-1 きっかけ:遺産争いの相談と、主の警告(貪欲への注意) このたとえは、遺産分配のトラブルをめぐる相談から始まります。主イエスは、その相談そのものよりも、背後にある「貪欲(もっと欲しい、もっと確保し... 2026年3月18日 こころのオアシス
【聖書通読日課】 (聖書通読 第11週4日目)「主にささげる“まこと”と、いのちへ向かう“悔い改め”」レビ記22章/ルカ13章 (聖書通読 第11週4日目)「主にささげる“まこと”と、いのちへ向かう“悔い改め”」 今日のタイトル 「主にささげる“まこと”と、いのちへ向かう“悔い改め”」―レビ記22章/ルカ13章(聖書通読 第11週4日目)― 説明文 神様は、形だけの信仰ではなく「主にささげる心のまこと」を求めておられます。レビ記22章は、ささげ... 2026年3月18日 こころのオアシス
【聖書通読日課】 (聖書通読 第11週3日目)「聖さは、恐れを手放す力になる」神に属して生きる一日(レビ21/ルカ12) (聖書通読 第11週3日目) 「聖さは、恐れを手放す力になる」――神に属して生きる一日(レビ21/ルカ12) 今日の説明文 レビ記21章は、神に近い務めを担う祭司に求められる「主に属する聖さ」を具体的に示します。 ルカ12章は、人の目を恐れる偽善、富への執着、不安に縛られる心を照らし、「父が知っておられる」と信頼して生... 2026年3月17日 こころのオアシス
十字架 【短縮版】自分の罪に打ちのめされたとき、福音とキリストの愛が明らかにされる (ローマ7章から8章に学ぶ) 自分の罪に打ちのめされたとき、福音とキリストの愛が明らかにされる ―ローマ7章から8章に学ぶ、絶望の中で見える福音の光― 聖書通読をしていると、心が苦しくなることがあります。深く黙想するとき、神様の前で自分の心が照らされ、自分の本当の姿が見えてくるからです。そこにいるのは、立派な自分ではありません。できていない自分、ま... 2026年3月17日 こころのオアシス
十字架 自分の罪に打ちのめされたとき、福音とキリストの愛が明らかにされる 自分の罪に打ちのめされたとき、福音とキリストの愛が明らかにされる ―ローマ7章から8章に学ぶ、絶望の中で見える福音の光― 聖書通読をしていて、心が苦しくなることはないでしょうか。 とくに、「深く考える問い」に向き合うとき、ただ聖書を読んで終わるのではなく、神様の前で自分の心が照らされ、自分自身の本当の姿が見えてきます。... 2026年3月16日 こころのオアシス
【聖書通読日課】 (聖書通読 第11週2日目)「聖さは妥協しない、祈りはあきらめない」――主の境界線と、求め続ける祈り(レビ20/ルカ11) (聖書通読 第11週2日目)「聖さは妥協しない、祈りはあきらめない」――主の境界線と、求め続ける祈り(レビ20/ルカ11) 今日の説明文 レビ記20章は、神の民が偶像や不正から離れ、主に属する者として生きるための「聖さの境界線」をはっきり示します。 ルカ11章は、主イエスが祈りを教え、求め続ける信頼を促し、内側の闇を光... 2026年3月16日 こころのオアシス
【聖書通読日課】 【聖書通読 第11週1日目】「聖さは、愛として歩く力になる」『聖であれ』と『隣人になれ』(レビ19/ルカ10) 【聖書通読 第11週1日目】「聖さは、愛として歩く力になる」――『聖であれ』と『隣人になれ』(レビ19/ルカ10) 今日の説明文 レビ記19章は、 神の民の「聖さ」が日常の正直さや弱い人への配慮、隣人愛として形になることを教えます。 ルカ10章は、 遣わされる弟子たちと「よきサマリア人」のたとえを通して、愛は知識ではな... 2026年3月15日 こころのオアシス
信仰 【伝道メッセージ】「ただ信じるだけで救われるなんて、本当ですか?」 ―罪びとのために来られたイエス・キリスト― 未信者向け伝道メッセージ タイトル「ただ信じるだけで救われるなんて、本当ですか?」―罪びとのために来られたイエス・キリスト― 導入 皆さんは、こんなふうに思ったことはないでしょうか。 「神様を信じるというのは、何か立派な人がすることではないか」「自分はそこまで悪い人間ではない」「罪人だと言われても、少し大げさではないか... 2026年3月14日 こころのオアシス
ホッと一休み 流れのほとりに植わった木のように ―世の流れに流されず、神の御言葉に立つ幸い― 流れのほとりに植わった木のように―世の流れに流されず、神の御言葉に立つ幸い― ―世の流れに流されず、神の御言葉に立つ幸い― 「世の中の流れに流されないように、神様のみことばに立ちたい。」この願いは、とても尊く、そして今の時代にますます大切な願いです。 私たちは毎日、たくさんの声に囲まれて生きています。テレビの声、イ... 2026年3月14日 こころのオアシス
【聖書通読日課】 【聖書通読第11週目予定表】 【聖書通読第11週目予定表】 第11週1日目 レビ記19章/ルカ10章 レビ記19章は 「聖さ」が日常の愛として現れる章です。盗みや偽り、弱い人の搾取、恨みを禁じ、「隣人を自分のように愛しなさい」と命じられます。 ルカ10章は 弟子の派遣、良きサマリア人、マリヤの姿を通して、愛は理屈ではなく行動であり、まず主のことばに... 2026年3月14日 こころのオアシス