【 第13週  聖書通読予定表 】民数記4章〜9章/ルカ22章〜ヨハネ3章

この記事の目次

第13週 聖書通読予定表

民数記4章〜9章/ルカ22章〜ヨハネ3章

1日目

民数記4章/ルカ22章

民数記4章
レビ人の中でも、幕屋を運ぶ務めがそれぞれ細かく定められます。聖なるものを扱う働きは、勝手にではなく、神様の定めに従って行う必要がありました。ここから、神様への奉仕は自分流ではなく、神様を恐れ敬いながら行うものだとわかります。見えにくい務めでも、主のための働きは尊いのです。
ルカ22章
最後の晩餐、弟子たちの争い、ペテロの否認、ゲツセマネの祈り、そしてイエス様の捕縛が記されています。主は十字架を前にしても、父のみこころに従われました。人は弱くても、主は最後まで忠実なお方です。自分の弱さを知るときこそ、主の恵みの大きさが見えてきます。
神様が望まれていること
神様は、私たちが自分勝手なやり方ではなく、主を恐れ敬いながら忠実に仕えることを望んでおられます。また、自分の弱さを隠すのではなく、それを認めて、ゲツセマネの主のように「私ではなく、あなたのみこころがなりますように」と従うことを望んでおられます。

2日目

民数記5章/ルカ23章

民数記5章
宿営のきよさを守ること、罪を犯したときの償い、夫婦の問題に関する規定などが記されています。少し難しく見える章ですが、神様がご自分の民の中に真実と清さを求めておられることが伝わります。神様は表面だけでなく、隠れたところまでご覧になります。だからこそ、正直な心で主の前に生きることが大切です。
ルカ23章
イエス様が裁かれ、十字架にかけられ、息を引き取られる場面です。罪のないお方が、罪ある私たちのために苦しみを受けられました。「父よ、彼らをお赦しください」という祈りには、主の愛の深さが現れています。十字架はただの悲しい出来事ではなく、私たちに向けられた救いのしるしです。
神様が望まれていること
神様は、私たちが隠れたところでも真実に歩むことを望んでおられます。そして、十字架の主を見上げ、自分の罪の重さと、それを担ってくださった主の愛を受け取ることを望んでおられます。表面だけ整えるのでなく、十字架の前でへりくだることが大切です。

3日目

民数記6章/ルカ24章

民数記6章
ナジル人の誓願と、よく知られた祝福の祈りが出てきます。「主があなたを祝福し、あなたを守られるように」という言葉は、神様が民を守り、恵みを注ぎ、平安を与えようとしておられることを示しています。神様は遠くから命令するだけのお方ではなく、ご自分の民を祝福したいと願っておられるお方です。
ルカ24章
イエス様の復活、エマオ途上の弟子たち、弟子たちへの現れ、そして昇天が記されています。絶望していた弟子たちの心が、復活の主によって燃やされていきました。主は死で終わるお方ではなく、生きておられる救い主です。悲しみの朝が、復活によって希望の朝へと変えられることを教えてくれます。
神様が望まれていること
神様は、私たちが主の祝福を疑わずに受け取り、復活の主に希望を置いて生きることを望んでおられます。絶望や落ち込みの中にとどまるのではなく、「主は生きておられる」と信じて、もう一度立ち上がることを望んでおられます。

4日目

民数記7章/ヨハネ1章

民数記7章
各部族のささげ物が丁寧に記されています。同じ内容が繰り返されますが、それは神様が一つ一つを軽く扱わず、民のささげ物をきちんと受け止めておられることを示しています。人には同じに見えても、神様は一人ひとりの真実な心をご覧になります。小さな献身も、主の前では忘れられません。
ヨハネ1章
「初めにことばがあった」と始まる壮大な章です。イエス様が神であり、光であり、救い主であることが示されます。そしてそのお方が人となって私たちの間に住まわれました。遠い神ではなく、近くに来てくださった神。それがイエス・キリストです。暗闇の中にも、主の光は今も輝いています。
神様が望まれていること
神様は、私たちが真実な心で自分を主にささげることを望んでおられます。また、暗闇や迷いの中でも、ことばであるキリストの光を受け入れ、その光の中を歩むことを望んでおられます。

5日目

民数記8章/ヨハネ2章

民数記8章
燭台のともしびとレビ人のきよめが記されています。レビ人は主に仕えるために整えられ、神様のものとしてささげられました。奉仕はただ働くことではなく、まず主のものとして整えられることから始まります。私たちもまた、神様に仕える前に、主の光に照らされ、整えられて歩む必要があります。
ヨハネ2章
カナの婚礼で水がぶどう酒に変えられた奇跡と、宮きよめの出来事です。主イエスは足りなさを満たすお方であり、また神の家の真実さを求められるお方です。表面だけを整える信仰ではなく、内側から新しくされることが大切です。イエス様がおられるところに、まことの喜びがあります。
神様が望まれていること
神様は、私たちが主の光に照らされて整えられ、真実な心で仕えることを望んでおられます。また、足りなさを自分で隠すのではなく、カナの婚礼のように、主のもとへ持って行くことを望んでおられます。主は内側から新しくしてくださるお方です。

6日目

民数記9章/ヨハネ3章

民数記9章
過越の規定が改めて語られ、さらに雲の柱による導きが記されています。イスラエルは自分の判断で進んだり止まったりしたのではなく、神様のしるしに従いました。ここから、信仰の歩みは自分勝手ではなく、主の導きに従うことだと教えられます。早く進むことより、主とともに進むことが大切です。
ヨハネ3章
ニコデモとの対話があり、「新しく生まれなければ神の国を見ることはできない」と語られます。そして有名な「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された」が出てきます。救いは努力の積み重ねではなく、神様の愛から始まります。新しくされるのは、神の恵みによるのです。
神様が望まれていること
神様は、私たちが自分の考えよりも主の導きを大切にして歩むことを望んでおられます。そして、古い自分のままで何とかしようとするのではなく、神様の愛によって新しく生まれる恵みを受け入れることを望んでおられます。

7日目

ほっと一休み

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