
この記事の目次
【わたし自身の証し】道・真理・いのち・・・「自分で悩み、探した経験」から
「わたし自身の証し」を聞いてください。クリスチャンになる前の自分自身を振り返っています。
クリスチャンになる前のわたしは・・・
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「人に合わせてばかりだった自分」
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だから「いい人」だと見られていた。
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しかし、自分の確固たる考え意見がなかったので人に合わせるしかなかった。
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「絶対に変わらない基準を探したこと」
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「生きる意味を探していた」
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「答えを求め続けたこと」
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「『わたしは道であり、真理であり、いのちです』というイエスキリストの言葉に衝撃を受けたこと」
これは、あなたへの問題提議と思ってください。
「本当の自分って何だろう」 「周りに合わせてばかり」 「何が正しいの?」 「なんのために生きるの?」
と悩んでいないですか?
また昔悩んだが答えが分からなくて諦めたというような経験はないですか?
「わたしは道であり、真理であり、いのちです」
ヨハネ14章6節
① 中学生の頃の私は「いい人」でした
私は中学生の頃、多くの人から良く思われていました。
でも今振り返ると、その理由は「本当に尊敬できるに値する人、優しい人」だったからではありませんでした。
優柔不断だったからです。
自分の意見がありませんでした。
相手に合わせて、 その人その人に調子を合わせていました。
嫌われたくなかったのです。
だから、 みんなから「いい人」と思われていました。
でも心の中では苦しかったです。
「本当の自分って何だろう?」
と思っていました。
② 私は「絶対に変わらない基準」が欲しかった
私はだんだん思うようになりました。
「何が正しいのか分からない」
人によって言うことが違う。
時代によって考えも変わる。
昨日まで正しいと言われていたことが、 今日は間違いになる。
では、 何を信じればいいのだろう?
私は、 「絶対に変わらない基準」 を探し始めました。
物事を正しく測る正しい基準の「ものさし」が欲しかったのです。
③ 「進化している」ということは、以前は不完全だったということ
世の中はよく、
「昔より進歩した」 「進化した」
と言います。
もちろん技術は進歩します。
でも、 「真理」まで変わるなら、 それは本当の真理ではありません。
なぜなら、 真理とは、
完全で、 絶対で、 変わらないもの
でなければならないからです。
私がクリスチャンになって、 父に福音を語った時、
父はこう言いました。
昔に聖書の福音を聞いていた父が、
「キリスト教って進歩してないなぁ」って。
でも私は、 その言葉を聞いて逆に嬉しかったのです。
なぜなら、 何十年経っても福音が変わっていなかったからです。
もし福音が時代ごとに変化して、 「もっと良いもの」に進化していくなら、
昔の福音は不完全であり進化の途中の福音も不完全であるということになります。
しかし福音は昔も今も変わりません。
なぜなら、 真理だからです。
④ 私は「生きる意味」を探しました
高校生の時、 私は先生たちにいろいろ質問しました。
真剣に質問しました。
「人は何のために生きるのですか?」
でも、 私の求める答えは返ってきませんでした。
それだけでなく、 質問に向き合う姿勢にも失望しました。
その時、 傲慢だったかもしれませんが、
「こんな教師しかいないなら、 自分がなろう」
と思いました。
でもその後、 私は気づきました。
自分自身が、 人生で最も大切な質問の答えを持っていなかったのです。
「私は何のために生きるのか?」
その答えが見つからなかった。
だから私は、 教師になる夢を捨てました。
⑤ そして私は、この御言葉に出会いました
その後も、 私は答えを探し続けました。
そして教会で、 イエス・キリストのこの言葉に出会いました。
「わたしは道であり、真理であり、いのちです。」 (ヨハネ14章6節)
衝撃でした。
イエス様は、
「道を教える」
ではなく、
「わたしが道」
と言われました。
また、
「真理を知っている」
ではなく、
「わたしが真理」
と言われました。
こんなことを言える人が、 人類の歴史の中にいたでしょうか?
⑥ 「わたしはいのちです」の深い意味
そして、 私は長い間、
「わたしはいのちです」
という意味がよく分かりませんでした。
でも少しずつ分かってきました。
イエス様が言われた「いのち」とは、 単なる「生きている」という意味ではありません。
呼吸している、 心臓が動いている、 という意味だけではないのです。
本当のいのちとは「神とのつながり」
聖書でいう「いのち」とは、
神様とのつながり
です。
たとえば、 スマホは電源が切れたら動きません。
どんな高性能でも、 電源につながっていなければ意味がありません。
人間も同じです。
人は神様から離れると、 本当の意味での「いのち」を失います。
だから、
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お金があっても虚しい
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人気があっても苦しい
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認められても不安
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生きる意味が分からない
ということが起きます。
なぜなら、 魂が神様から離れているからです。
イエス様は「本当のいのち」を与えるために来られた
イエス様は、 私たちに宗教を与えるためではなく、
「いのち」
を与えるために来られました。
罪によって神様から離れていた私たちを、 もう一度神様につなぐためです。
だからイエス様は十字架にかかられました。
そして復活されました。
「いのち」とは永遠のいのち
イエス様が言われる「いのち」は、
永遠のいのち
でもあります。
それは、
「死んだ後に天国へ行く」
だけではありません。
今ここから、 神様と共に生きる新しい人生が始まることです。
最後にみなさんへ伝えたいこと
周りに合わせて、 「いい人」を演じて、 自分を見失ってしまうことがあります。
でも、 イエス様は、
「わたしについて来なさい」
と言われます。
変わり続ける世の中の中で、 変わらない真理として。
迷う時代の中で、 本当の道として。
空っぽになった心に、 本当のいのちとして。
イエス様は、 今もあなたをを招いておられます。

