
この記事の目次
聖書通読第14週 第1日
民数記10章 / ヨハネ4章
荒野の旅の中でも、主は導き、渇きを満たしてくださる
民数記10章とヨハネ4章は、一見すると別々の内容のように見えます。 けれど、よく読むと大切な共通点があります。 それは、神様はご自分の民を放っておかず、導き、必要を満たし、正しい道へと連れて行ってくださるお方だということです。
民数記10章の解説
神様はご自分の民を秩序の中で導かれる
民数記10章では、銀のラッパが二つ作られます。 そのラッパは、民を集める時、出発する時、戦いの時、祝いの時などに用いられました。 これはただの楽器の話ではありません。 神様がご自分の民を、混乱ではなく秩序の中で導かれることを示しています。
イスラエルの民は、何百万という大きな群れでした(旧約聖書の民数記10章のシナイ山出発時におけるイスラエルの民の人数は、1章で行われた人口調査に基づくと、20歳以上の戦える男性だけででした。の人数には、女性、子供、高齢者、およびレビ人は含まれていないため、家族全体を含めた総人口は約200万〜300万人に達していたと推定されています)。
もしそれぞれが勝手に動いたら、たちまち混乱してしまいます。 でも神様は、ラッパの合図を通して、いつ集まり、いつ進み、どう並ぶかを示されました。
つまり、神様の民の歩みは、「思いつき」ではなく、「神様の導き」によるものだったのです。
さらにこの章では、ついにシナイの荒野を出発する場面が出てきます。 神様に導かれながら、宿営をたたみ、前へ進んでいくのです。 ここでモーセはこう祈ります。
「主よ、立ち上がってください。あなたの敵が散らされますように。」 また宿営する時には、 「主よ、帰って来てください。」 と祈っています。
これは美しい信仰の姿です。 進む時も、休む時も、主に頼る。 それが神様の民のあるべき姿です。
私たちも人生の荒野を歩いています。 どこへ進めばよいのかわからない時があります。 迷いや不安の中で、自分の判断だけで動いてしまいたくなることもあります。 けれど民数記10章は教えます。
主の導きなしに進まないこと。主がともにいてくださることこそ、旅の安心であるということです。
ヨハネ4章の解説
イエス様は渇いた心を知っておられる
ヨハネ4章では、イエス様がサマリアの女に出会われます。 この女性は昼の暑い時間に、ひとりで水を汲みに来ていました。 普通なら朝や夕方に人々と一緒に来るはずです。 それなのに一人で来ていたということは、彼女が人目を避けるように生きていたことを感じさせます。
その女性に、イエス様は声をかけられました。 そして、「この水を飲んでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇くことがない」と言われました。
ここで主が語っておられるのは、井戸の水の話だけではありません。 人の心の渇きのことです。
人は皆、心に渇きを持っています。 愛されたい。 認められたい。 満たされたい。 安心したい。 でもその渇きを、この世のもので埋めようとしても、また渇いてしまいます。
サマリアの女もそうでした。 彼女の人生には複雑な傷や失敗がありました。 でも主は、彼女を責めるためではなく、本当に満たすために近づかれたのです。
そしてこの女性は、イエス様が救い主であることを知らされ、自分が出会った方を人々に伝えに行きます。 隠れるように生きていた人が、今度は主を証しする人へと変えられていくのです。 ここに、福音の力があります。
神様が喜ばれること
主に導かれ、主のもとで満たされること
神様が喜ばれるのは、私たちが自分勝手に進むのではなく、主を見上げながら歩むことです。 荒野の旅でも、人生の旅でも、神様は「あなた一人で何とかしなさい」とは言われません。 むしろ、「わたしの導きに耳を傾けなさい」と招いておられます。
また神様が喜ばれるのは、私たちが心の渇きをイエス様のもとに持って行くことです。 強がって「大丈夫です」と言うことではなく、 「主よ、私は渇いています」 「満たしてください」 と正直に求めることを、神様は喜ばれます。
神様が望んでおられること
主の声に従い、生ける水を受けること
神様が望んでおられるのは、私たちが主の導きに従うことです。 自分の考えだけで決めるのではなく、 御言葉に耳を傾け、祈りながら、 「主よ、どちらへ進めばよいですか」と尋ねる歩みです。
また、神様が望んでおられるのは、私たちがイエス様を通して本当のいのちを受けることです。 この世の井戸の水ではなく、主が与えてくださる生ける水を受け取ることです。 人の評価や一時の楽しみではなく、キリストの恵みによって満たされることを主は望んでおられます。
まとめ
民数記10章は、神様がご自分の民を秩序と導きの中で進ませてくださることを教えています。 ヨハネ4章は、イエス様が渇いたたましいを見つけ出し、生ける水で満たしてくださることを教えています。
ですから今日、私たちは覚えたいのです。
主はあなたを導いてくださいます。 主はあなたの渇きを知っておられます。 主はあなたを放っておかれません。
だから、自分の思いだけで進まず、主を見上げましょう。 そして、心の渇きを主のもとに持って行きましょう。 主は今日も、導き、満たし、生かしてくださるお方です。

