
この記事の目次
「あなたの口を大きく開けよ。わたしが満たそう」――十字架と復活の主に大胆に期待する信仰――
はじめに
詩篇81篇10節には、神様のあたたかく力強い招きがあります。
「わたしは、あなたをエジプトの地から連れ上ったあなたの神、主である。 あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう。」詩篇81篇10節
なんという恵みに満ちた約束でしょうか。
神様は、 「少しだけ期待しなさい。」 とは言われません。
「遠慮しながら祈りなさい。」 とも言われません。
むしろ、
「大きく口を開けなさい。」 「大胆に期待しなさい。」 「わたしを信頼しなさい。」
と語っておられるのです。
① 「口を大きく開ける」とはどういうことか
この御言葉の「口を大きく開ける」とは神様に大きな期待をすること
▶️遠慮せず願い求めること
▶️信仰をもって受け取ろうとすること
▶️ 神様の恵みを信頼すること
を意味しています。
小鳥のひなを思い浮かべてみてください。
親鳥が飛んで来ると、 ひなたちは口を張り裂けんばかりに大きく開けます。
「今日は来てくれないかも。」 とは思いません。
「自分なんかに食べ物はもらえない。」 とも考えません。
ただ親鳥を信頼して、 精いっぱい口を開けるのです。
神様は、私たちにもそのような信仰を求めておられるのです。
② 私たちは小さな口しか開けていないことがある
しかし現実の私たちはどうでしょうか。
祈る前から、
「どうせ無理だろう。」
「何も変わらない。」
「自分にはふさわしくない。」
と考えてしまうことがあります。
まるで巨大なダムの前に立ちながら、 小さなスプーン一杯しか求めていないようなものです。
神様は無限に豊かなお方なのに、 私たちの期待が小さいことがあるのです。
けれども神様は、 私たちに大胆な信仰を持ってほしいと願っておられます。
③ 神様は本当に満たすことのできるお方
なぜ私たちは大胆に期待できるのでしょうか。
それは、 神様が本当に満たすことのできるお方だからです。
しかも、その愛を最もはっきり示してくださったのが十字架でした。

イエス・キリストは、 私たちの罪のために十字架で死んでくださいました。
私たちは本来、 神様に逆らい、 自分中心に生きていた罪人でした。
しかし主は、 そのような私たちを見捨てず、 ご自分のいのちを与えてくださったのです。
しかも主は死で終わりませんでした。
三日目によみがえられました。
復活された主は、 今も生きておられます。
だからこそ、 今も私たちの祈りを聞き、 助け、 導き、 必要を満たすことがおできになるのです。
④ 神様は「神様の栄光のため」に満たしてくださる
ここで大切なのは、 神様は私たちのわがままを満たすためではなく、
「神様の栄光を現すため」
に満たしてくださるということです。
神様は、
▶️私たちを通して愛を現したい
▶️ 希望を現したい
▶️福音の素晴らしさを現したい
▶️ 「神様は生きておられる」と示したい
と願っておられます。
ですから私たちは、
「主よ。あなたの栄光が現されますように。」
と祈りながら、 大胆に期待してよいのです。
⑤ 神様は弱い人を豊かに用いられる
ある人は言うかもしれません。
「自分は弱い。」
「自分には何もない。」
「自分には無理だ。」
しかし神様は、 強い人だけを用いられるのではありません。
むしろ、 自分の弱さを知り、 神様に頼る人を豊かに用いられます。
五つのパンと二匹の魚しか持たなかった少年も、 主の御手に委ねられた時、 五千人を満たす祝福となりました。
問題は、
「どれだけ持っているか」
ではありません。
「誰に委ねるか」
なのです。
⑥ 口を大きく開けて主を信頼しよう
ですから今日、
疲れているなら、 口を大きく開けてください。
不安なら、 口を大きく開けてください。
罪責感で苦しんでいるなら、 口を大きく開けてください。
将来が見えなくても、 口を大きく開けてください。
主は言われます。
「わたしが、それを満たそう。」
人には満たせない心の渇きを、 主は満たすことがおできになります。
おわりに
十字架で死に、 三日目によみがえられた主イエスは、 今も生きておられます。
だから私たちは、 小さな期待ではなく、 大胆な信仰を持つべきなのです。
どうか今日、 遠慮した小さな祈りではなく、
「主よ、あなたは満たすことがおできになります。」
という信仰をもって、 口を張り裂けんばかりに大きく開けてください。
主は真実なお方です。
主は、 ご自分に信頼する者を失望させることのないお方です。
今日も十字架で死んで下さり三日目に甦って下さったイエス様に信頼し信仰の口を大きく開けましょう。
