
◉耳から聴く下の内容(4分55秒)
出エジプト記35章 解説
金の子牛の事件のあとで、主は幕屋づくりを再開させます。
ここが大切です。神は一度の失敗で民を見捨てず、もう一度「わたしと共に歩む道」を与えられます。
35章では、安息日の命令が先に語られます。
どんな奉仕よりも先に、主を礼拝し、休み、主の前に心を整えることが必要だと示します。
そのうえで献げ物が始まります。人々は強制ではなく、「心から進んで」献げます。
さらに職人たちは賜物を用いて仕えます。礼拝は、心と生活の両方で立て直されていきます。
神様が望んでおられること
まず主の前で立ち止まり、礼拝の中心を守ることです。
いやいやではなく、感謝として献げることです。
失敗のあとでも、御言葉に従って歩き直すことです。
出エジプト記36章 解説
36章は、幕屋の実際の建設が進む章です。
ベツァルエルとオホリアブを中心に、神が与えた知恵と技で作られていきます。
注目点は二つあります。
一つは、必要以上に献げ物が集まり、「もう持って来ないでください」と止めるほどだったことです。
民の心が主に向き直り、喜んで献げる側に変えられた証しです。
もう一つは、幕屋が「主の命じられたとおり」に作られていくことです。
好みや自己流ではなく、神の言葉に合わせて形が整えられます。
主は混乱を放置せず、共同体を御言葉で整え、礼拝の中心を回復されます。
神様が望んでおられること
自分の熱心だけで進めるのでなく、御言葉の型に従うことです。
教会や家庭でも、自己流の正しさより、神の語りかけを優先することです。
与えること、仕えることを、人に見せるためでなく、主への愛として行うことです。
マルコ6章 解説
6章は、主イエスの働きが広がる一方で、拒絶と痛みも深まる章です。
ナザレでは、人々がつまずき、主を退けます。
しかし主は止まらず、十二弟子を遣わして、福音を広げられます。
途中で、バプテスマのヨハネの殉教が語られます。
神の働きには喜びだけでなく、重い現実もあることを教えます。
その後、主は群衆を憐れみ、五千人を食べさせます。
弟子たちの乏しさを通して、主の満たしが現れます。
さらに湖の上を歩かれ、風を静められます。
弟子たちの心の頑なさが示されつつも、主は彼らを見捨てず、近づいて「安心しなさい」と語られます。
最後は各地で癒やしが起こり、触れるだけで救われる人々が出ます。
主の恵みの広さが強く描かれます。
神様が望んでおられること
拒絶されても歩みを止めず、主の使命にとどまることです。
自分の足りなさを認め、主の憐れみと供給に信頼することです。
恐れの中で、主が近づいてくださる声に耳を傾け、安心して従うことです。
3章のつながりとまとめ
出エジプト記35章、36章は、失敗のあとに主が礼拝の中心を回復し、民を共同体として整え直される流れです。
マルコ6章は、拒絶や痛みがあっても、主の憐れみと力が前進し、弟子たちを通して広がっていく流れです。
三つを束ねると、こう言えます。
神は失敗の後でも終わりにせず、礼拝と従順の道をもう一度備えられます。
そして主イエスは、拒絶や嵐のただ中でも私たちに近づき、足りなさを満たし、恐れを超えて歩ませてくださいます。
問いとして受け取れます。
あなたは今、主の前で立ち止まり、礼拝の中心を整える必要はありませんか。
あなたの手にある小さな献げ物や賜物を、主は用いることができます。
そして恐れが強いときこそ、主は近づいておられます。その声に耳を傾けて、歩み出しませんか。

