
この記事の目次
【聖書通読 第7週2日目】出エジプト記31章・32章/マルコ4章
出エジプト記31章:主の働きと、安息日のしるし
内容のわかりやすい解説
幕屋づくりのために、主は**ベツァルエル**と**オホリアブ**を選び、知恵と力を与えて働きを任せられます。
礼拝の場づくりは、人の思いつきや根性ではなく、**主が備え、主が任命し、主が力を与える**働きです。
そして章の後半で、主は改めて**安息日**を命じられます。
幕屋という「神の臨在の場所」を整えることと、安息日という「神の支配のリズム」を守ることはつながっています。
働きすぎて礼拝が消えるのではなく、礼拝に支えられて働くこと。
主は、民が「自分の力で生きる民」ではなく、「主に生かされる民」として整えられることを願っておられます。
神様が望んでおられること
あなたが今している務めや奉仕を、**自分の肩だけで背負わない**ことです。
主が与える知恵と助けを受け取り、**安息(主の前に立ち止まる時間)を削らない**ことです。
主は「もっと頑張れ」より、「わたしに信頼して歩め」と願っておられます。
出エジプト記32章:金の子牛。見える神が欲しくなる心
内容のわかりやすい解説
モーセが山にいる間、民は不安になります。
そしてアロンに迫り、金で子牛の像を作り、「これがあなたを導いた神だ」と言ってしまいます。
これは単なる偶像づくりではなく、**神を自分の都合で“分かりやすく、扱いやすく”したい**心の現れです。
その結果、民は混乱し、礼拝は崩れ、関係は壊れていきます。
しかし同時にこの章は、モーセの執り成しも描きます。
モーセは民のために主に願い、主のあわれみにすがります。
ここに、罪の現実の重さと、同時に**神が関係を回復へ向けて導かれる**姿が見えます。
神様が望んでおられること
不安や焦りの中で、**目に見えるものに救いを求めてしまう心**を、主の前に正直に差し出すことです。
「神を自分の思い通りにしたい」という誘惑から離れ、
主が語られた言葉に立って、たとえ待つ時間があっても**主を主として信頼する**ことを願っておられます。
そして、倒れた時も終わりではありません。
主は悔い改める者を、回復へ導くお方です。
マルコ4章:御言葉の種は、心の中で育つ
内容のわかりやすい解説
マルコ4章の中心は「種を蒔く人」のたとえです。種は同じです。種は同じでも、それを受け取る地によって実を結ぶか結ばないかが決定することを教えます。
同じ御言葉を聞いても、心の状態によって実が変わることが語られます。
道ばたのように奪われる。
石地のように根が張らず、困難で倒れる。
いばらのように思い煩いと富の誘惑にふさがれる。
良い地のように受け入れて実を結ぶ。
主は「あなたの心は今どこに近いか」を点検するように促されます。
さらに、「ともしび」「量り」「成長する種」「からし種」のたとえが続きます。
神の国は、派手さよりも、**小さく始まり、確かに育ち、やがて広がる**ものです。
そして後半、湖の嵐の中で弟子たちは恐れます。
しかし主は風を叱り、静まれと言われます。
外側の嵐だけでなく、内側の恐れに対しても、主は信頼へ招かれます。
神様が望んでおられること
今日、主が望んでおられるのは、まず**御言葉を聞く心を整える**ことです。
結果を急ぎすぎず、目に見える変化が遅く感じても、
御言葉を握って手放さず、静かに育ちを信じることです。
また、嵐の中で主は「なぜ怖がるのか」と問われます。
主はあなたを責めるためではなく、**信頼の土台を深くするために**問われます。
まとめ:今日の3章が一つに語ること
出エジ31章は、「主が備え、主が働きを支える」ことを教えます。
出エジ32章は、「不安の中で偶像に逃げる心」を照らします。
マルコ4章は、「御言葉を受け取り、信頼して育てる」道を示します。
今日の問いです。
あなたは不安なとき、見えるものを急いで握りますか。
それとも、主の言葉に立ち、主の時を待ちますか。
主はあなたを、
偶像ではなく御言葉へ。
焦りではなく信頼へ。
混乱ではなく礼拝へ。
その道へ、今日も招いておられます。

