【聖書通読第6週5日目】神に場所を明け渡す日、契約・幕屋・赦しでスタート(出エジ24章25章マルコ2章)

この記事の目次

出エジプト記24章(内容+神様からの適用)

24章は、主がシナイで民と契約を正式に結ばれる場面です。

モーセは主の言葉を民に伝え、民は「主が語られたことはみな行います」と応答します。

祭壇が築かれ、いけにえの血が注がれ、契約が“命を懸けた約束”として確証されます。

その後、代表者たちは山で主を礼拝し、モーセは雲の中へ召され、40日40夜、主のもとにとどまります。

適用:主は、気分の信仰ではなく「聞いたことに従う」信仰を望まれます。

また、血による契約は、罪が軽いからではなく、赦しが高価だと教えます。

あなたは神の言葉を“知識”で終わらせず、生活の約束として受け取っているでしょうか。


出エジプト記25章(内容+神様からの適用)

25章は、主が幕屋(主が住まわれる場所)の建設を命じる章です。

まず主は、民が“心から進んで”ささげるささげ物を求められます。

次に、契約の箱、贖いのふた、供えのパンの机、燭台などが示されます。

中心テーマははっきりしています。

「わたしが彼らの間に住むために、聖所を造らせよ。」

救い出して終わりではなく、主は民と共に住み、導き、交わろうとされます。

適用:神は、あなたの人生の“片隅”ではなく“中心”に住むことを願われます。

進んで主に場所を明け渡し、礼拝を生活の中心に置いているでしょうか。


マルコの福音書2章(内容+わたしへの適用)

マルコの福音書2章は、イエスキリストの権威とあわれみが強く現れる章です。

中風の人が癒やされる出来事で、主はまず「あなたの罪は赦された」と宣言し、罪を赦す権威を示されます。

また主は取税人レビを招き、罪人たちと食事をされ、批判に対して「医者を必要とするのは病人です」と答えます。

断食の議論では、主がもたらす新しさを語り、安息日論争では「安息日は人のため」と示されます。

適用:主は外側の整いより、罪の赦しと心の回復を先に与えます。

あなたは“ふさわしくなってから主に近づく”のではなく、赦しを受け取って歩み出しているでしょうか。


3章をつなぐまとめ(流れのある結び)

出エジプト記24章は「契約が結ばれる」章です。

25章は「その契約の神が、民のただ中に住む」と宣言する章です。

そしてマルコ2章で、主イエスは罪を赦し、弱い者を招き、“神が人のただ中に来られた”現実を示されます。

つまり、聖書は一貫してこう語ります。

神は遠い方ではなく、契約を結び、共に住み、赦しによって人を新しくしてくださる方です。

今日、あなたは

「神の言葉に応答すること」

神に場所を明け渡すこと」

「赦しを受け取って歩み出すこと」どれかを、後回しにしてはいないでしょうか?

たとえば、みことばを読んでも「分かった」で終わり、従う一歩を先延ばしにしていないでしょうか。

礼拝や祈りの場所を、忙しさや不安や娯楽に押し出され、自分を優先させ神様が本当は住んでいただくこころの中心を自分が独占していませんか?神が住まわれる“私のこころの中心の席”を神様に明け渡しませんか?

そして、主が与えてくださった赦しを頭では知りつつも、罪悪感や自己否定の鎖を握ったまま、「私はまだ赦されるに値しない」と自分を閉じ込めていないでしょうか。信仰による罪の完全なる赦しを確信して神様を喜んでいるでしょうか?

もし心に少しでも思い当たるところがあるなら、そしてあなたが自分の努力で歩もうとしてもがいているなら、神はすでにあなたを招いておられます。

あなたは今日、どれを最優先で主の前に差し出し、どれを“今ここ”で受け取り直しますか?

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