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聖書通読 第5週7日目 今日は休んで“味わう日”
今日は通読はお休みです。
でも「何もしない日」ではありません。
たとえるなら、旅行でいう“移動しない日”です。
名所を増やすより、写真を眺めながら「この旅、ほんとうに良いな」と味わう日です。
聖書通読にも、こういう日があると信仰が深く根を張ります。
1.聖書のすごさは「一本の物語」であることです。
聖書は、名言集ではありません。
神が人間を追いかけ、救い、導き、立て直す「救いの物語」です。
今週だけでも、その流れが見えました。
出エジプトでは、奴隷の民が自力では抜け出せない場所から解放されます。
雲の柱と火の柱が導き、海が割れ、道が開きます。
派手な出来事に見えますが、中心はこの宣言です。
「わたしはあなたと共にいる。」
神は、強い人だけの神ではありません。
怖がる人、迷う人、ためらう人のそばに立つ神です。
そしてこの物語は、最後に十字架へ向かいます。
出エジプトで「血によって守られた」ように、十字架は罪と死から守る神の方法でした。
復活は、「終わりに見える場所から、神が始める」しるしです。
通読を続けるほど、旧約と新約が一本の線でつながっていきます。
2.聖書の“すごいエピソード”は、あなたの心を照らします。
今日は、ワクワクする場面を少し増やして思い出してみましょう。
ただの昔話ではなく、あなたの心を映す鏡になるからです。
① 燃える柴。
何でもない野原。
何でもない柴。
でも神は、そこで人を呼びます。
つまり神は、教会の中だけではなく、日常のただ中で語れる方です。
「こんな私に。」と思う人ほど、モーセの姿に自分を重ねられます。
② ファラオの頑なさ。
状況が悪化し、民は疲れ、指導者も弱る。
それでも神の計画は止まりません。
神は「すぐ楽にする」より、救いへ向かう道で信仰を鍛え、真実を教えます。
ここに学びがあります。
信仰は「問題が消えたから信じる」ではなく、「約束があるから歩む」ことです。
③ 紅海の道。
前は海。
後ろは敵。
右も左も逃げ場なし。
人間の計画は、ここで終わります。
でも神の計画は、ここから動きます。
「道がない」ではなく、「主が道を開く」。
この瞬間のひやひやと、開かれた時のわくわく。
聖書は、魂が息を吹き返すような希望をくれます。
④ 主イエスの問いかけ。
「あなたはわたしをだれだと言いますか。」
通読のゴールは、知識を増やすことではなく、
この問いに自分の言葉で答えるところにあります。
「救い主です。」
「私の主です。」
その告白が、人生の芯になります。
3.今日は“深く味わう”ために、これだけで十分です。
今日のおすすめは、難しいことをしないことです。
次の3つだけで、これからの通読をより深めることができます。(この方法は、日々の通読時においても信仰の糧になり得ます。)
① 今週(今日)いちばん心に残った場面または内容を一つ選びましょう。
雲の柱でも、主の言葉でも、怖かった場面でも何でもいいのです。思い浮かばなくても問題はありません。ここで聖書の内容の臨場感をたかめる秘訣をひとつお伝えします。それは、聖書の場面、場面に(内容に)自分自身を忍び込ませて読むことです。
② その場面での神の姿を一言にする。
「主は共にいる方。」
「主は約束を忘れない方。」
「主は心の実を求める方。」
短くまとめるためには内容を深く熟考する必要があるので聖書の御言葉を熟考する機会になります。
③ 自分の現実にそっと当てはめる。※これが聖書の御言葉を自分自身に適用するということです。
「今の私は、何を恐れているだろうか。」
「私は何を条件にして従おうとしているだろうか。」
「私の心は、何に向いているだろうか。」
4.最後に、今日の“問題提議”です。
聖書の奇跡を見て、あなたはどんな気持ちになりましたか。
「すごいな」で終わりますか。
それとも「もし神が生きておられるなら、私の現実はどうかわるのだろうか」と思いますか。
神は海を割る方です。
しかしそれだけではありません。
あなたの心の中にある、割れない壁も割れる方です。
恐れの背後にも、道を開く方です。
では、あなたは今、どこでこう言い切ってしまっていますか。
「もう終わりだ。」
その場所で、神が始めようとしていることは何でしょうか。
そしてもう一つ。
あなたが握っているのは、神の言葉でしょうか。
それとも、見える計算でしょうか。
神の計画は、あなたの計画が行き止まりになった所から動き出すのです。
今日は休みの日です。
だから急がず、ゆっくり自分自身に質問してみてください。
私は神を“頭で知っているだけの者”なのか。
それとも神に“信仰でこころで信頼している者”なのか。を・・・
この問いが、来週の通読をさらに楽しく、深くしてくれます。

