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聖書通読 第3週5日目(創世記35章・36章/マタイ15章)
【創世記35章】立って、ベテルへ――失敗の後に先に呼び戻す神。
35章の最初に響くのは。
神がヤコブを叱るより先に「立って、ベテルへ上れ」と招かれることです。
混乱の後は。自分を整えてから神に近づこうとしがちです。
けれど神は逆です。
「帰っておいで。わたしのもとで整え直しなさい。」
この順序こそが恵みです。
ヤコブは家族に三つ命じます。
「①異国の神々を取り除き。➁身をきよめ。③衣を着替えよう。」
これは外側の形を整える儀式というより、心の中心を神に戻すための具体的な一歩です。
偶像とは目に見える偶像だけではありません。
不安。怒り。人の評価。お金。自分の正しさ。握りしめて離せないものが偶像になりえます。
第一にすべき神様以外の物を第一にするとき、それが目に見えない偶像になります。
それを木の下に隠すとは。「神に明け渡す」ことの象徴です。
ベテルで祭壇を築いたとき。神は再び語られます。
名を「イスラエル」と確認し。契約の約束をもう一度置き直されます。
失敗があっても。神の約束は投げ捨てられません。
ここから学べるのは。神は「罰する前に呼び戻す」お方だということです。
今日の適用は。あなたの心を支配している偶像を一つ言葉にして。主に開け渡すことです。
手に強く握りしめているものを手放すとき、
その手で神様のみこころを握りしめることが出来ます。
そして礼拝と祈りの原点に戻ることです。
【創世記36章】系図の章――舞台裏で進む摂理。
36章はエサウの系図が続きます。
地味で。読み飛ばしたくなる気持ちも分かります。
しかしここにも信仰の栄養があります。
第一に。神の約束は「歴史の中で」進むということです。
ヤコブの物語だけで世界が回っているように見えても。エサウも民族となり。王たちが立ち。勢力が形づくられていきます。
神は一点だけを動かすのではなく。全体の流れの中でご計画を進められます。
第二に。神は「舞台裏」でも働いておられるということです。
派手な奇跡がない日。感情が動かない日。名前が並ぶだけの日。
そういう日こそ。神は静かに物語を進めておられます。
第三に。外側の成功がそのまま「祝福の証明」ではないことも教えます。
繁栄して見えても。神の契約の中心は救いのご計画。やがてメシヤへ向かう道にあります。
今日の適用は。変化が見えない日でも。主が人生を前に進めておられると信じ。小さな忠実を続けることです。
【マタイ15章】外側より心――恵みは「より頼む者」に注がれる。
15章は。信仰の焦点を外側から心へ移します。
パリサイ人たちは手洗いなど伝統を重んじました。
しかしイエスは。人を汚すのは食べ物ではなく。心から出る悪い思いだと言われます。
つまり問題の根は。行動の表面ではなく。心の中心にあります。
神は形式より真実を求めます。
後半で異邦人の女性が「主よ。助けてください」と叫びます。
彼女は資格ではなく憐れみにすがりました。
あきらめずに願い続けた信仰を。主は「大きい」とほめ。娘は癒やされます。
ここに福音の香りがあります。
恵みは「ふさわしい人」への報酬ではなく。「主により頼む人」への賜物です。
今日の適用は。外側を整える前に。心の汚れや痛みを正直に主に告白し。
短く「主よ。助けてください」と祈ることです。
そして恵みによって立ち上がることです。
三章を通して見える主の姿は一つです。
失敗の後に呼び戻し。
舞台裏で支え。
心の奥を癒やし。
恵みで立たせる主です。
今日も「立って、ベテルへ」と招く声を聞き。小さな一歩を踏み出しましょう。
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