迷子の羊を抱きしめる神様、そして私が神様にある絶対的平安

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迷子の羊を抱きしめる神様、そして私が神様にある絶対的平安

子どものころを思い出してみてください。
外が大雨でも、雷が鳴っていても、お父さんやお母さんがそばにいてくれれば、なぜか安心できませんでしたか。

逆に、晴れていて、まわりがどんなに安全そうでも、親の姿が見えないだけで不安になり、涙が止まらなくなったことはありませんか。

安心というものは、環境から来るのではありません。
「だれと一緒にいるか」から来るのです。

子どもにとって父は絶対的存在でした

ある日、駅の改札で小さな兄妹がお父さんに必死にしがみついている姿を見ました。
夕方の人混みの中です。
二人は、両手でお父さんの腕や服をぎゅっと握りしめています。

お父さんがそばにいるなら大丈夫。
それだけで安心なのです。

私は昔、スーパーでパンダの着ぐるみを着て子どもたちをあやしたことがあります。
迷子の子どもは、どんなに面白い仕草をしても泣き止みません。
でも、お父さんやお母さんが現れた瞬間、涙は止まり、顔は一瞬で笑顔に変わります。

おもちゃでもお菓子でもなく、「存在」そのものが安心なのです。

しかし、やがて私たちは気づきます。
父も母も、完全ではないということに。
守ってくれた存在も、弱さを持っていると知ります。
そして今度は、「自分がしっかりしなければ」と思い始めます。

けれども、その自分もまた不完全なのです。
ここに、人間の不安の根っこがあります。

私たちの心は今も絶対的存在を求めています

なぜ、私たちは不安なのでしょうか。
生活は安定しているのに、なぜか心が落ち着かない。
将来が見えないと、胸がざわつく。

それは、私たちの心が「絶対的な存在」を求めているからです。

聖書はこう語ります。

「私たちはみな、羊のようにさまよい、
おのおの、自分勝手な道に向かって行った。」
(イザヤ53章6節)

羊は、方向音痴な動物だと言われます。
少し目を離すと迷ってしまいます。
そして自分では帰れません。

それが私たちの姿だと聖書は言います。
神様から離れ、自分の力で生きようとし、でも不安でいっぱいになるのです。

私たちは迷子の子どものような存在なのです。

絶対的存在なる神とはどなたでしょうか

では、本当に頼れる絶対的存在はおられるのでしょうか。

聖書ははっきり語ります。
天地万物を創られた神様がおられます。
この宇宙を支配し、歴史を導いておられる方です。

でも、この神様は遠い存在ではありません。

神様は、私たちを愛しておられます。
それも、言葉だけではありません。

イエス・キリストは、私たちの罪のために十字架にかかってくださいました。
私たちが迷い、神様から離れてしまったその責任を、代わりに負ってくださったのです。

「あなたは大切だ」と言うだけではありませんでした。
いのちを捨てるほどに、愛してくださったのです。

さらに、三日目によみがえられました。
死に打ち勝ち、永遠のいのちを与える救い主として立ち上がられました。

これほど確かな保証があるでしょうか。

十字架は愛の証明です。
復活は約束の保証です。

神様は、口先だけの存在ではありません。
歴史の中で、実際に行動されたお方です。

神のもとに帰るときの平安

迷子の子どもが親を見つけた瞬間、
なぜあんなにも安心できるのでしょうか。

「もう大丈夫」と心が理解するからです。

私たちも同じです。
神様のもとに帰るとき、本当の平安が訪れます。

環境がすぐに変わるとは限りません。
問題が一瞬で消えるとは限りません。

でも、心の中心に「父がいる」と分かるとき、嵐の中でも安心できるのです。

イエス様を信じるとは、
天の父の手を握ることです。

いや、正確にはこう言えるでしょう。
私たちが握っている以上に、神様が私たちを握ってくださっているのです。

小さな子どもが父の手を離しそうになっても、
父はしっかり握り返します。

神様の手は、決して離れません。

ワクワクする未来

もし、あなたが今、不安の中にいるなら、思い出してください。

あなたには天の父がおられます。
絶対的な力を持ち、
絶対的な愛を持ち、
絶対的な約束を与えてくださる神様です。

十字架によって罪は赦されました。
復活によって永遠のいのちが保証されました。
天国は約束されています。

これは願望ではありません。
神様の宣言です。

だからこそ、私たちはワクワクできます。
未来が不確かでも、神様は確かだからです。

大人になった私たちも、
もう一度、父の手にしがみつくことができます。

そして、こう言えるのです。

「神様が一緒なら大丈夫です。」

迷子の心は、父のもとで安らぎます。
そしてその安らぎは、一時的なものではありません。
永遠に続く平安です。

今日、あなたも天の父の手を握ってみませんか。
そこには、想像以上の安心と、ワクワクする希望が待っています。

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