
聖書通読第16週7日目、「ホッと一休み」の日をお迎えの皆さま。
今週も主の御言葉と共に歩んでこられた皆さんの歩みを、主は心から喜び、慈しんでおられます。
今日は、日頃「神様のために、教会のために、家族のために、そして通読のために」と一生懸命に走っている皆さんの肩の力を抜き、心をなごませるメッセージをお届けします。
この記事の目次
ホッと一休みメッセージ①
「マリアの座った場所:『何もしない』という最高の奉仕」
忙しく働くマルタよりも、ただイエス様の足元で話を聞いたマリアを肯定された主の視点
聖書通読を頑張っているクリスチャンの皆さま、本当にお疲れ様です。「今日は何章読まなくちゃ」「あの注解書も調べなきゃ」……そんな心地よい緊張感の中で日々を過ごされていることと思います。
でも、今日は「ホッと一休み」の日。そんな皆さんの心に、聖書の中から、あるなごやかな、しかし深い慰めに満ちたリビングルームの風景をお届けしたいと思います。
それは、ベタニヤという町にあるマルタとマリアの家での出来事です(ルカの福音書10章38-42節)。
1. 「神様のために何かしたい」という温かい、でも疲れる心
イエス様が彼らの家を訪れたとき、姉のマルタは「もてなしのために心が乱れて」いました。
想像してみてください。愛する主、尊敬する先生が突然家にいらしたのです。マルタは思いました。「一番美味しい料理を作らなきゃ」「部屋をきれいに片付けなきゃ」「お茶は切れていないかしら?」。
彼女の心は、イエス様への愛と、それを形にしたいという責任感でいっぱいでした。
クリスチャンの私たちも、マルタの心によく似ています。「主のために立派な信仰者でありたい」「毎日聖書を読まなきゃ」「教会の奉仕を休んじゃいけない」「家族のために良い母(父)でいなきゃ」。
これらはすべて、尊い愛の動機から始まっています。でも、いつの間にか「~しなければならない」という義務感に変わり、心の中が「忙しさ」でいっぱいになり、主を喜ばせるはずの奉仕が、自分自身の心を疲れさせてしまうことがあるのです。
2. マリアが選んだ「何もしない」という時間
一方、妹のマリアはどうしていたでしょうか。
彼女は料理もしなければ、部屋の掃除もしませんでした。彼女はただ、イエス様の足元に座り、主のお話に聞き入っていました。
外側から見れば、マリアは「何もしない」怠け者のように見えたかもしれません。マルタがイエス様に「先生、妹に手伝うように言ってください!」と不満をぶつけたのも、無理からぬことです。
しかし、イエス様の答えは、マルタの、そして私たちの常識を覆すものでした。
「マルタ、マルタ。あなたは多くのことに心を配って、落ち着きません。しかし、どうしても必要なことはわずかです。マリアは、良い方を選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」
イエス様は、一生懸命働いているマルタを責めたわけではありません。ただ、彼女の心が「多くのこと」に奪われ、一番大切なことを見失っているのを心配されたのです。
そして、ただ座って話を聞いているだけのマリアを、「良い方を選んだ」と全面的に肯定されました。
3. 主が求めておられるのは「あなたの働き」ではなく「あなた自身」
ここでのイエス様の視点は、私たちに壮大な「心の休息」を与えてくれます。
神様は、私たちが神様のためにどれほど立派な実績を上げたか、どれほど多くの奉仕をしたか、どれほど聖書を深く理解したか……そういう「働き(Doing)」だけを見ているのではありません。
神様が何よりも求めておられるのは、あなたという存在(Being)そのものです。あなたが、主の側にいて、主と共にいることを喜び、主の愛の言葉を受け取る。その「関係性」こそが、神様にとって最も価値のある奉仕なのです。
マリアの座った「足元」は、当時の弟子たちが先生から教えを受ける、最も謙虚で、同時に最も親密な場所でした。
マリアは「何もしない」ことで、イエス様に対する最高の「愛と信頼」を表現しました。「先生、あなたのお話は、私のどんなおもてなしよりも価値があります。私はただ、あなたと一緒にいたいのです」と。
今日の過ごし方への問いかけ:イエス様の足元に、座ってみませんか?
聖書通読を頑張っている皆さま。
今日一日、マルタのような「おもてなしの心(Doing)」を一度横に置いて、マリアのように「イエス様の足元に座る心(Being)」を大切にしてみませんか。
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難しい注解書を閉じて、ただ一言「主よ、愛しています」と呟くだけでいい。
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祈りのノルマを忘れて、ただ静かに主の平安の中に身を浸すだけでいい。
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「良いクリスチャン」であろうとすることをやめて、ただ「神様の愛されている子供」として、ホッと一息つくだけでいい。
あなたが「何もしない」で主に身を委ねるその瞬間、神様は「あなたがそこにいてくれるだけで、わたしは嬉しい」と、あなたを優しく抱きしめてくださいます。
それこそが、主が一番喜ばれる、あなたからの最高の奉仕なのです。

