
讃美歌320番「主よ御許にちかづかん」の由来と作者の思い
この記事の目次
賛美歌「主よ御許にちかづかん」の由来と作者の思い
(原題:Nearer, My God, to Thee)
1.賛美歌の誕生と作者
「主よ御許(みもと)にちかづかん」は、1841年にイギリスで生まれた賛美歌です。
作詞者は Sarah Flower Adams(サラ・フラワー・アダムズ)。
彼女は詩人であり、信仰的な黙想を深く愛した人物でした。
この詩は、創世記28章にあるヤコブの体験
――荒野で石を枕に眠った夜、地に向けて立てられているはしごを見て「ここは神の家、天の門だ」と告白した出来事――を土台に書かれています。
※はしごは普通上に向けて立てられます。しかしヤコブが夢で見たはしごは、天に向けて立てられているはしご(人が天までとどく塔を建てた罪の象徴のよう)ではなく、地に向けて立てられていたはしご(神が人となってこの地上に来てくださり十字架にかかって身代わりに死んで下さった福音の象徴です)だったのです。
サラは「順境のとき」よりも、苦難のただ中でこそ神に近づく信仰を静かに、しかし力強く歌いました。
Even though it be a cross that raiseth me,
Still all my song shall be, nearer, my God, to Thee.
(たとえそれが十字架であっても、私の歌はただ一つ。主よ、あなたの御許へ。)
彼女自身、健康に恵まれず、人生の重荷を抱えていました。
そのためこの賛美は、勝利の凱歌というより、苦難を通して神に近づいていく魂の祈りとして生まれています。
2.歌詞に込められた信仰の核心
この賛美の中心メッセージは一貫しています。
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苦しみは、神から遠ざけるものではない
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むしろ苦しみは、神に近づく「道」になりうる
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目に見える支えが失われても、神は近い
階段(はしご)のイメージは、人間が神へよじ登る努力ではなく、神が近づいてくださる恵みを象徴しています。
だからこの歌は、悲しみの中でも「希望の方向」を失いません。
3.タイタニック号のエピソード
この賛美を語る上で欠かせないのが、『タイタニック号』の出来事です。
1912年4月14日深夜。
氷山に衝突し、沈みゆくタイタニック号の甲板で、船の楽団(ウォーレス・ハートリー率いる8人)は、逃げ惑う乗客を落ち着かせるため、最後まで自分のいのちの限り演奏を続けました。
多くの証言が一致して語るのが、最後に演奏された曲が「Nearer, My God, to Thee」(主よ御許にちかづかん)だったという事実です。
楽団員は全員、救命ボートに乗ることなく命を落としました。
この場面が世界中の人々の心を打った理由は明確です。
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助かる見込みがほとんどない状況で
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恐怖ではなく、神への近さを歌った
-
叫びではなく、祈りを選んだ
まさにこの賛美の歌詞どおり、
「死が近づくほど、神は遠いのではなく、近い」
という信仰の証しが、歴史に刻まれた瞬間でした。
4.タイタニック以外のエピソード
① 戦場と病室で歌われた賛美
19世紀後半から20世紀にかけて、
この賛美は戦地の礼拝や病院のベッドサイドで頻繁に歌われました。
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兵士たちが出征前夜に
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末期の患者が家族に囲まれて
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災害後の追悼礼拝で
共通していたのは、
「助かる保証がなくても、神に近づいている確信の喜び」という祈りです。
② 葬儀で選ばれ続ける理由
「主よ御許にちかづかん」は、
死を美化しない賛美です。
しかし同時に、死を恐怖だけで終わらせない賛美でもあります。
だからこそ、多くの教会で
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葬儀
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召天記念礼拝
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試練の中にある人への慰め
として選ばれ続けています。
5.現代に生きる私たちへのメッセージ
この賛美は、こう問いかけてきます。
-
苦しみの中で、あなたはどこを見つめていますか。
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問題が解決しないとき、神は遠い存在になっていませんか。
「主よ御許にちかづかん」は、
状況が良くなるかどうかという目に見えるものだけを条件にしない信仰を教えます。
問題が消えなくても
神はともにいる。
十字架と復活があって
神はともにいる。
この確信こそが、サラ・フラワー・アダムズの祈りであり、
タイタニックの楽団が最後に選んだ信仰告白でした。
【付録】Nearer, My God, to Thee(日本語題:主よ御許にちかづかん)の日本語歌詞を土台にした丁寧な逐語解説
賛美歌
Nearer, My God, to Thee
(日本語題:主よ御許にちかづかん)
の日本語歌詞を土台にした丁寧な逐語解説を示します。
※日本語歌詞は教派・歌集によって細かな表現差がありますので、
ここでは広く歌われている標準的内容をもとに、
一行ずつ意味をかみくだいて解説します。
第1節 苦しみの中で神に近づく祈り
「主よ御許にちかづかん 十字架を負いても」
解説
ここで最初に語られているのは、
「楽だから神に近づきたい」のではなく、
十字架を負う状況にあっても、神に近づきたいという決意です。
十字架とは、
-
苦しみ
-
試練
-
逃げたくなる現実
を象徴しています。
作者は「苦しみがなくなったら信じる」とは言いません。
苦しみの中にあっても、神のもとへ行く。
それがこの歌の出発点です。
「世の憂い去らずとも 御許に」
解説
ここは非常に大切な信仰告白です。
-
世の憂い(問題・悲しみ・不安)は
まだ去っていない -
状況は変わっていない
それでも、
神に近づくこと自体が慰めである
と歌っています。
つまりこの賛美は、
「問題が解決したから平安」
ではなく、
「神が近いから平安」
という信仰を示しています。
「なお近く なお近く 主よ御許に」
解説
ここで繰り返される「なお近く」は、
一度きりの信仰告白ではありません。
-
今日より明日
-
明日よりさらに
人生を通して、少しずつ神に近づいていきたい
という継続的な祈りです。
信仰は一瞬の感情ではなく、
歩みの方向であることが表されています。
第2節 孤独と旅路の中での神の臨在
「旅路の夜 石を枕に」
解説
これは、創世記28章のヤコブの体験を直接指しています。
ヤコブは、
-
家族からも離れ
-
逃亡者として
-
荒野で一人
石を枕に眠りました。
これは、
完全な孤独と不安の象徴です。
「夢に天の 梯子見て」
解説
この梯子(はしご)は、
人間が努力して天に登る階段ではありません。
-
神が天から地へと近づいてくださる
-
神の恵みが人間に注がれる
その象徴です。
つまり、
孤独のただ中で、神は最も近くおられた
という真理が語られています。
「なお近く なお近く 主よ御許に」
解説
孤独な夜の体験さえ、
神に近づくための「道」になる。
ここでは、
-
さみしさ
-
不安
-
先の見えなさ
が、
信仰を深める材料に変えられている
ことが分かります。
第3節 感謝へと変えられる苦難
「目覚めては 感謝捧げ」
解説
夜の不安のあとに、
朝が来ています。
信仰は、
「夜がなかったことにする」
のではなく、
夜を通ったあとで感謝が生まれる
というプロセスを描きます。
「苦しみも 恵みとなり」
解説
ここが、この賛美の核心です。
-
苦しみ=悪
では終わらない。
神の御手の中では、
苦しみが恵みに「変えられる」
と告白しています。
これは、
-
苦しみを美化することでも
-
無理に前向きになることでもありません。
神が働かれるという信頼です。
「なお近く なお近く 主よ御許に」
解説
恵みを経験した結果、
「もっと神に近づきたい」という願いが
さらに深まっています。
信仰は、
一度の感動で終わらず、
次の歩みへと押し出す力を持ちます。
第4節 死をも超えて続く神への近さ
「世の終わり 近づくとも」
解説
ここでは、
-
人生の終わり
-
死の瞬間
が視野に入っています。
しかし、この賛美は
死を恐怖として描きません。
「賛美は 止むことなく」
解説
これは驚くべき告白です。
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命が尽きるときも
-
声が小さくなるときも
神への賛美は止まらない。
これは、
復活と永遠の命への信仰がなければ
歌えない言葉です。
「なお近く なお近く 主よ御許に」
解説
人生の最後に残る願いは、
成功でも、評価でもなく、
「主よ、あなたの御許に」
ここに、
クリスチャンの究極の希望が表されています。
全体まとめ(信仰の流れ)
この賛美は、
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苦難の中で神を求め
-
孤独の中で神の臨在を知り
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苦しみが恵みに変えられ
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死を越えて神に近づく
という、
一人の信仰者の人生そのものを歌っています。
だからこそ、
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タイタニック号の最期
-
病床
-
葬儀
-
試練の礼拝
で歌われ続けてきたのです。
