
この記事の目次
第6週のテーマ
「荒野で養われ、契約に生き、主イエスの十字架と復活を見上げる週」です。
神様は、民を救い出した“あと”も、日々の必要を与え、礼拝の軸を整え、心を従わせてくださいます。
新約では、受難と復活が山場になり、「救いは主のわざだ」とはっきりします。
第6週 聖書通読予定(予定表)
月(第6週1日目)
* 旧約:出エジプト16章・17章
* 新約:マタイ26章
火(第6週2日目)
* 旧約:出エジプト18章・19章
* 新約:マタイ27章
水(第6週3日目)
* 旧約:出エジプト20章・21章
* 新約:マタイ28章
木(第6週4日目)
* 旧約:出エジプト22章・23章
* 新約:マルコ1章
金(第6週5日目)
* 旧約:出エジプト24章・25章
* 新約:マルコ2章
土(第6週6日目)
* 旧約:出エジプト26章・27章・28章(※旧約3章の日)
日(第6週7日目)
* 通読お休み(振り返り・黙想の日)
各章の学び(旧約聖書)
出エジプト16章
荒野でのマナ。
神様は「明日の分まで不安で抱え込む心」より、「今日の恵みを受け取る信頼」を育てたいと願われます。
出エジプト17章
水の奇跡とアマレクとの戦い。
目の前の不足と、背後からの敵。
それでも主は「共におられる」方で、祈りの手が上がるところに勝利が来ます。
出エジプト18章
モーセの義父の助言(分担と秩序)。
神様は、燃え尽きる頑張りではなく、共同体として支え合う道を望まれます。
出エジプト19章
シナイ到着。契約の準備。
神様は「救われた民」を、礼拝の民として整え、御声を聞く姿勢へ招かれます。
出エジプト20章
十戒。
これは縛るためというより、「救われた民が自由を守って生きる道しるべ」です。
神様は、外側の体裁より、神を第一にする心を求められます。
出エジプト21章
生活に落ちる具体的な律法。
神様は、礼拝だけでなく、日常の公平・いのちの尊さ・弱者への配慮にまで主の心を通したいのです。
出エジプト22章
損害、盗み、寄留者、貧しい人への扱いなど。
神様は「強い者の論理」ではなく、憐れみと誠実が働く社会を願われます。
出エジプト23章
裁きの公正、安息、祭り、そして導きの約束。
神様は、急がせるより、主の導きに合わせて歩む民を造られます。
出エジプト24章
契約の締結。血による確認。
神様は、口先の「します」ではなく、契約に生きる心を求められます。
(十字架の“影”が濃く見える章です。)
出エジプト25章
幕屋の設計(契約の箱など)。
神様は遠い方ではなく、「あなたがたの真ん中に住む」ことを願われます。
出エジプト26章
幕屋の幕・構造。
地味に見えるほど「神への近づき方は、神が定める」という学びが深まります。
出エジプト27章
祭壇と庭。
赦しと礼拝が、まず“ささげもの”から始まることが示されます。
(これも十字架の香りが強い部分です。)
出エジプト28章
祭司の装束。
神様は、人を責め立てるより「とりなし」を備え、民を神の前に立たせたいのです。
各章の学び(新約聖書)
マタイ26章
最後の晩餐、ゲッセマネ、裏切り。
主は逃げずに、十字架へ向かい、私たちの救いを成し遂げます。
マタイ27章
裁判、十字架、死と埋葬。
人の悪が極まる場所で、神の愛が最も深く示されます。
マタイ28章
復活、宣教命令。
「もう終わり」ではなく「ここから始まる」が福音です。
マルコ1章
神の国の到来。悔い改めの招き。癒し。
主は人の痛みに近づき、暗闇を押し返します。
マルコ2章
罪の赦し、食卓、安息日。
神様は“形式の正しさ”より、“いのちを生かす恵み”を求められます。
日曜日(休みの日)にすると良いこと
1つだけで十分です。
「今週、神様が私の心をどこで整えようとしておられたか」を、短くメモしてみてください。
例:不安。怒り。急ぎ。疲れ。人の目。祈りの薄さ。など。
そして「主よ、あなたはここにおられます」と確認して終える。
これだけで、通読が“知識”から“歩み”になります。
