ちょっと一休み|命がけで「みことば(聖言)」を届けた翻訳者たちの物語

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聖書通読ちょっと一休み|命がけで「みことば」を届けた翻訳者たちの物語

今日は通読をお休みして、ゆったり呼吸を整えましょう。
その代わりに、胸が熱くなる「聖書翻訳」の物語を味わってみませんか。
私たちが当たり前のように手にしている聖書は、だれかの“命がけの従順”の上に届いています。


H2 1.なぜ「聖書翻訳」は命がけだったのか

H3 1)未開の地は、言葉も生活も別世界でした

聖書を訳す人々は、知らない国へ入っていきました。
言葉も文化も、暑さ寒さも、食べ物も病気も、すべてが初めてです。
安全な道は整っておらず、医療も十分ではありません。
それでも彼らは「神は語っておられる。ならば、その声をその人の母語で届けたい」と願いました。
ここに、神への愛と人への愛が重なっています。

H3 2)迫害や戦争が、働きを止めようとしました

国によっては、聖書を広めること自体が警戒されました。
戦争や政治の混乱の中で、外国人は疑われ、捕えられることもありました。
それでも神のことばは、止まりませんでした。
主が守られるのは「人が楽をすること」ではなく、「みことばが消えないこと」だと感じさせられます。


H2 2.ドキドキする翻訳者たちのエピソード

H3 1)牢獄の暗闇でも、主は働きを止めませんでした

たとえばビルマ(ミャンマー)で働いた宣教師アドニラム・ジャドソンは、戦争の混乱の中で捕えられ、獄に入れられた時期がありました。
先が見えない恐怖。体の限界。心の疲れ。
「もう終わりだ」と思える場所です。
それでも彼は、みことばを手放しませんでした。
人の手は縛れても、神の働きは縛れないのです。
神の計画は、暗闇の中でも静かに進みます。

H3 2)積み上げた努力が一夜で失われても、主は立ち上がらせます

またインドでは、翻訳と出版に尽くしていた人々が、大きな火災で原稿や印刷設備を失った出来事がありました。
長い時間をかけた労苦が、灰になる。
心が折れても不思議ではありません。
しかし彼らは、そこで終わりませんでした。
嘆きながらも、もう一度、机に向かい、訳し直し、刷り直し、前へ進みました。
神の守りは「苦しみが来ないこと」ではなく、「苦しみの中で、なお歩める力を与えること」でもあります。

H3 3)神は「小さな言語」をも大切にされます

さらに時代が進むと、少数民族の言語を学び、文字を整え、聖書を訳す働きが広がりました。
その流れの中で、先住民言語への聖書翻訳を進めた人々の働きも知られています。
世の中では「小さな言語」は軽く見られがちです。
しかし神は違います。
主は「一人ひとりが、自分の言葉で神の声を聞ける」ことを大切にされます。
これは神の愛の深さです。


H2 3.神の真実な守りとは何か

H3 1)神の守りは「計画を止めない守り」です

人の計画は折れます。
体力も資金も、気力も限界があります。
しかし主の計画は止まりません。
主は、倒れた人を見捨てず、必要を備え、道をつなぎ、みことばを次の人へ渡してこられました。
この積み重ねの上に、いま私たちの手に聖書があります。

H3 2)神の守りは「心を支える守り」です

外側の状況が変わらなくても、心が守られることがあります。
恐れの中で、主により頼む心が与えられる。
落胆の中で、もう一歩進む力が与えられる。
それもまた、神の真実な守りです。


H2 4.通読を休む今日の「味わい方」

H3 1)今日は量ではなく、尊さを味わいましょう

今日は読む量を増やす日ではありません。
「聖書は、どれほど尊い贈り物か」を思い出す日です。
神は、みことばをあなたの手に届けるために、多くの人の従順を用いられました。
つまり主は、あなたにも語りたいのです。

H3 2)あなたへの問い(深く考えるために)

今日、あなたは聖書を「情報」として読んでいますか。
それとも「生ける神の声」として聞こうとしていますか。
忙しさ、疲れ、心配ごとが、みことばの前に立ちはだかっていないでしょうか。
主は今日も、「わたしの声を聞いて、ここから歩き出してほしい」と願っておられます。
あなたが後回しにしている一つは何でしょうか。
そして、その一つを主に明け渡すなら、明日からの通読はどんな意味を帯びてくるでしょうか。

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