
この記事の目次
【聖書通読 第6週6日目】出エジプト記26章・27章・28章
出エジプト記26章
1)簡単な説明
この章は、**幕屋(会見の幕屋)の本体**をどのように作るかが語られます。
幕の素材、色、飾り、板、横木、柱、垂れ幕などが細かく指示されます。
特に中心は、**至聖所と聖所を隔てる垂れ幕**です。
神は「どこでもよい」ではなく、**ご自身が定める形と秩序**によって、民のただ中に住むことを示されます。
ここから、神が近い方であると同時に、**聖なる方**であることがはっきりします。
2)私たちへの適用
神は私たちに、軽い気持ちの近さではなく、**敬いを伴う近さ**を望まれます。
信仰生活は「思いつき」や「その場の感情」だけでなく、**神の言葉に従う歩み**によって整えられます。
また、神は混乱ではなく、**秩序のうちに私たちを導く方**です。
今日の問いです。
あなたの信仰は、神の言葉に従って整えられていますか。
それとも、自分の都合に合わせて形を変えていませんか。
出エジプト記27章
1)簡単な説明
この章は、幕屋の外側に置かれる**祭壇(焼き尽くすいけにえの祭壇)**と、
幕屋を囲む**庭**、そして**ともしびの油**について語ります。
祭壇は、罪ある者が神に近づくために必要な場所として示されます。
庭には境界があり、神に近づくことが「雑なこと」ではないと教えます。
さらに、ともしびの油は、神の民が暗闇の中でも礼拝を保つために必要な備えとして命じられます。
2)私たちへの適用
神は私たちに、罪を曖昧にせず、**赦しときよめを受けて近づくこと**を望まれます。
神との交わりは、「反省した気分」だけで続くのではなく、
神様の前にこころからの悔い改めと、神が備えた道を通って、**赦しを受け取り続けること**で保たれます。
また、ともしびが消えないように油が必要であったように、
信仰も、放っておけば自然に燃え続けるものではありません。
神は、みことば、礼拝、悔い改め、祈りによって、**日々心の火を保つこと**を願っておられます。
今日の問いです。
あなたは今、神様を崇め第一とする歩みを後回しにしていませんか。
信仰の火を保つための「備えと蓄え」を、先延ばしにしていませんか。
出エジプト記28章
1)簡単な説明
この章は、**祭司(特に大祭司アロン)**の任命と、
祭司が身につける**聖なる装束**について語ります。
装束には意味があり、神の前に立つ者が、
勝手な姿勢ではなく、**神の定める務めと責任**を帯びることを示します。
胸当てにはイスラエルの部族の名が刻まれ、
大祭司が民を代表して神の前に立つことが描かれます。
額の札には「主への聖なるもの」と刻まれ、
礼拝が神中心であることがはっきり語られます。
2)私たちへの適用
神は私たちに、礼拝と信仰を「自分中心」にしないことを望まれます。
神の前に立つことは、軽い態度ではなく、**聖さへの意識**を伴います。
同時に、神は「代表して立つ者」を備え、民を見捨てない方でもあります。
新約においては、イエス・キリストが私たちのために神の前に立ち続けるお方です。
だから私たちは、罪を隠して遠ざかるのではなく、
赦しを受け取り、神に近づくよう招かれています。
今日の問いです。
あなたは「自分の正しさ誇ること」で神に近づこうとしていませんか。
それとも、神が備えた救いと赦しにより頼み、神の栄光をあらわそうとして神様の御前に立とうとしていますか。
出エジ26章27章28章まとめ
出エジプト記26〜28章は、
神が民のただ中に住まわれるために、
**近づき方を整え、赦しの道を示し、仕える者を備えられた**ことを語ります。
神が望まれていることは、
「自分勝手な自分中心の形の信仰」ではなく、
**信仰による救いを受け取り、神様とみことばに従い、神の愛と赦しを確信しながら、神様の栄光を顕わす歩み**です。

