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ジョージ・ミュラーやハドソン・テーラーに学ぶ「信頼の祈りの秘訣№①」
ジョージ・ミュラーやハドソン・テーラー。
彼らの名を耳にすると、私たちは反射的に「自分とは違う、鋼の信仰を持った聖者」をイメージしてしまいます。しかし、彼らの日記を注意深く読むと、そこには私たちと同じように、不安に震え、自分の無力さに打ちひしがれる一人の「弱い人間」の姿があったのです。やはり彼らもスーパーマンではなかったのです。
そうなら、恐れたり臆病になったりした弱い人間であったということなら、私たちにも彼らの『祈りの秘訣』を参考にしてただひたすら実施すれば、わたしたちも弱い愚かな者としては変わらないとしても、祈りの素晴らしい祝福を少しだけでも味わえるのではないでしょうか。
では、なぜ彼らは、私たちなら到底耐えられないような巨大な困難を前にして、とことん神様を信頼し続けることができたのでしょうか。
その最大の秘密、
いわば「祈りのエンジン」を始動させるための最初のステップが、
今回ご紹介する「御言葉を『食べて』から祈る」というフォームにあります。
① 御言葉を「食べて」から祈る:確信の源泉は聖書にあった
1. なぜ、あなたの祈りは「続かない」のか
私たちは通常、祈り始めるとき、まず「自分の願い事」や「目の前の問題」を神様の前に並べます。「主よ、これが必要です」「助けてください」「どうすればいいでしょうか」。
もちろん、それは悪いことではありません。
しかし、自分の願いから祈り始めると、どうしても私たちの意識は「問題の大きさ」や「自分の不安な感情」に集中してしまいます。
祈れば祈るほど、問題の巨大さに圧倒され、最後には「本当に神様は聞いてくださるのだろうか」という疑念の中で祈りを終えてしまう……。これでは、祈りが「心のデトックス(有害なものを排出すること)」にはなっても、世界を変える「信仰の爆発」には繋がりません。
ジョージ・ミュラーは、ある日、この重大なミスに気づきました。彼はこう告白しています。
「以前の私は、起きてすぐに祈り始めていた。
しかし、今ではまず、神の言葉を読み、それを黙想することから始める。私の魂が主によって喜ばせられ、養われるまでは、祈り始めないことにしたのだ。」と・・・
2. 「食べる」とはどういうことか:黙想のプロセス
ミュラーやテーラーが実践していたのは、単に聖書を「読む(情報の収集)」ことではなく、「食べる(栄養の摂取)」ことでした。
「食べる」とは、聖書の一節を、まるで温かいスープを味わうように、ゆっくりと心に流し込む作業です。
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STEP 1:選ぶ(今日、自分の心に留まった一箇所を選ぶ)
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STEP 2:味わう(その言葉を何度も口ずさみ、神様の性格を思い描く)
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STEP 3:飲み込む(その約束が、今の自分の状況にどう当てはまるかを神様に尋ねる)
彼らは、自分の心が神様の愛と誠実さによって「満腹」になるまで、決して具体的な願い事を口にしませんでした。
なぜなら、お腹が空いている(魂が枯渇している)状態では、神様の偉大さを信じる力が湧いてこないことを知っていたからです。
3. 具体的な「祈りのフォーム」:約束を突きつける
彼らの祈りは、非常に「法的」で「論理的」でした。感情に訴えるのではなく、神様がご自身で書かれた「契約書(聖書)」を、神様の前に差し出すのです。
例えば、資金が底をつき、明日食べるものがないとき、彼らはこう祈りました。 「天の父よ、あなたの御言葉(ピリピ4:19)には、『わたしの神は、キリスト・イエスにおいて、ご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます』と書いてあります。今、私たちは必要の中にあります。あなたは嘘をつかない方です。ですから、この約束通りに、今日必要なものを与えてください。」
これは、神様を脅迫しているのではありません。神様が最も喜ばれるのは、私たちが「神様の言葉を100%本気で信じ、それに基づいて行動すること」だからです。
4. 確信は「自分」からではなく「外」からやってくる
あなたが「自分には彼らのような確信が持てない」と悩むのは、当然のことです。確信とは、自分の内側から絞り出す根性ではありません。
ミュラーたちの確信の源泉は、
常に自分の外側、つまり「変わることのない聖書の言葉」にありました。
私たちの感情は、天気や体調によってコロコロ変わります。しかし、神様の約束は、2000年前も、ミュラーの時代も、そして今のあなたに対しても、一ミリも揺らぎません。
確信が持てないときは、「信じよう」と力むのをやめて、ただ聖書の約束を「食べて」ください。神様がどんなに真実な方であるかを、御言葉を通して再確認してください。
5. 今日からできる「ミュラー流」の実践
もし、あなたが今日、不安で押しつぶされそうなら、次の手順で祈ってみてください。
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聖書を開く: 詩篇でも、イエス様の言葉でも構いません。神様の誠実さを語る箇所を探します。
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心を養う: その箇所を10回、ゆっくりと読みます。「神様は私の味方だ」「主は私の羊飼いだ」。
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神様の性格に浸る: 「ああ、神様はこんなにも私を愛し、守ると約束してくださっている」と、心が温かくなるまで待ちます。
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約束を握って祈る: 「主よ、この御言葉の通りに、今の私の問題を解決してください。あなたが責任を取ってくださることを信じます」と宣言します。
ジョージ・ミュラーは言いました。
「信仰の始まりは、不安の終わりである。そして、不安の始まりは、信仰の終わりである」。
彼らが最後まで期待し、祈り抜くことができたのは、彼らが「特別な人間」だったからではなく、「神様はご自身の約束を破ることができない」という真理に、命綱を預けていたからです。
あなたも、今日から「願い事のリスト」を脇に置いて、
まずは「神様の約束」というご馳走を食べてみませんか?
魂がお腹いっぱいになったとき、あなたの口からは、ため息ではなく、力強い確信の祈りが溢れ出すはずです。
