【聖書通読第14週 週間予定表】荒野の旅の中でも、主は導き、渇きを満たし、光を与えてくださる

この記事の目次

【聖書通読第14週 週間予定表】

荒野の旅の中でも、主は導き、渇きを満たし、光を与えてくださる


第1日

民数記10章 / ヨハネ4章

民数記10章
銀のラッパが作られ、宿営の出発や集合の合図として用いられます。イスラエルの民は、自分勝手にではなく、神様の秩序と導きの中で進みました。荒野の旅は、主が先立って導いてくださる旅でした。

ヨハネ4章
サマリアの女とイエス様の出会いが記されています。人目を避けるように生きていた女性に、主は「生ける水」を与えると語られました。主は、渇いたたましいをご存じで、本当に満たすことのできるお方です。

神様が望んでおられること
神様は、私たちが自分の思いだけで進まず、主の導きに耳を傾けることを望んでおられます。
また、心の渇きを他のもので埋めようとするのではなく、イエス様のもとに来て、本当に生ける水を受け取ることを望んでおられます。


第2日

民数記11章 / ヨハネ5章

民数記11章
民はマナに飽き、不平を言い、エジプトの食べ物を恋しがりました。神様の恵みを日ごとに受けていながら、不満を募らせる人の姿が見えます。感謝を失うと、心はすぐに迷いやすくなることを教えられます。

ヨハネ5章
ベテスダの池で、38年間病んでいた人をイエス様が癒されます。主は「よくなりたいか」と問いかけられました。イエス様は、長い間希望を失っていた人にも、新しい歩みを与えることがおできになります。

神様が望んでおられること
神様は、私たちが不平や比較に心を支配されず、日ごとの恵みに感謝することを望んでおられます。
また、あきらめてしまったところにも主の御手が届くと信じ、イエス様の問いかけに心を開くことを望んでおられます。


第3日

民数記12章 / ヨハネ6章

民数記12章
ミリアムとアロンはモーセに不満を持ち、つぶやきます。しかし神様は、モーセが特別に用いられていることを明らかにされました。人をうらやんだり、神様の立てた秩序に逆らったりすることの危うさを教えられます。

ヨハネ6章
五千人の給食、湖の上を歩かれる主、そして「わたしはいのちのパンです」という宣言が出てきます。イエス様は、空腹を満たすだけでなく、たましいそのものを養うお方です。主のもとにこそ、本当のいのちがあります。

神様が望んでおられること
神様は、私たちが人を妬んだり比べたりするのでなく、自分に与えられた恵みの場所で主に従うことを望んでおられます。
そして、毎日の必要だけでなく、たましいの飢えをイエス様によって満たしていただくことを望んでおられます。


第4日

民数記13章 / ヨハネ7章

民数記13章
カナンの地を探るために12人の斥候が遣わされます。しかし彼らの多くは困難ばかりを見て恐れました。ヨシュアとカレブは、神様の約束に目を向けました。信仰とは、問題の大きさよりも神様の大きさを見ることです。

ヨハネ7章
仮庵の祭りの中で、イエス様は人々に教えられます。人々の間には混乱も、疑いも、対立もありました。しかし主は、渇く者はだれでも自分のもとに来るようにと招かれます。主は今も、渇く者を受け入れてくださいます。

神様が望んでおられること
神様は、私たちが目の前の困難だけを見て縮こまるのでなく、約束を与えてくださる主を見上げることを望んでおられます。
また、心が乾いている時に意地を張るのでなく、イエス様の招きに応えて主のもとへ行くことを望んでおられます。


第5日

民数記14章 / ヨハネ8章

民数記14章
民は恐れて神様の約束を信じず、荒野で倒れることになります。不信仰は、神様の祝福を受け取れなくさせます。しかしモーセのとりなしの中に、神様のあわれみも示されています。主は厳しくも、あわれみ深いお方です。

ヨハネ8章
姦淫の現場で捕らえられた女性へのあわれみ、「わたしは世の光です」という主の宣言が記されています。イエス様は罪を軽く扱われませんが、罪人を滅ぼすためではなく救うために来られました。主の光は暗闇を照らします。

神様が望んでおられること
神様は、私たちが恐れの声よりも神様の約束を信じることを望んでおられます。
また、自分の罪を隠して暗闇にとどまるのではなく、世の光であるイエス様のもとに出て、赦しと新しい歩みを受け取ることを望んでおられます。


第6日

民数記15章 / ヨハネ9章

民数記15章
ささげ物の規定、故意の罪と過失の罪、衣のふさの命令が記されています。神様は民が御言葉を思い出し、従って歩むことを望まれました。人は忘れやすいからこそ、主のことばをいつも心に留める必要があります。

ヨハネ9章
生まれつき目の見えない人が、イエス様によって癒されます。この出来事は、ただ肉体の目が開いたというだけでなく、たましいの目が開かれることも示しています。主は見えなかった者を見えるようにし、真理へ導かれます。

神様が望んでおられること
神様は、私たちが御言葉を忘れず、日々の歩みの中で思い返しながら従うことを望んでおられます。
また、見えているつもりで心が閉じているのではなく、イエス様によって霊の目を開いていただき、真理の光の中を歩むことを望んでおられます。


第7日

ふりかえりと一休みの日

今週は、荒野の旅の中での不平、不信仰、つぶやき、そして神様の導きとあわれみを見ました。
またヨハネの福音書では、イエス様が渇いた人、病んだ人、飢えた人、暗闇にいる人に出会い、いのちと光を与えてくださるお方であることが示されました。

今日は少し立ち止まり、
「今週、神様は私に何を語ってくださっただろうか」
「私はどこで不信仰になりやすいだろうか」
「イエス様はどのようなお方として心に残っただろうか」
と静かに振り返る日にしましょう。

忙しく進むだけでなく、立ち止まって恵みを数えることも、信仰の大切な歩みです。

神様が望んでおられること
神様は、私たちがただ先へ進むことだけでなく、立ち止まって主の恵みを数え、語られたことを思い返すことを望んでおられます。
休む時にも、心をゆるめるだけでなく、主に感謝し、次の一歩を主にゆだねることを喜ばれます。

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