【聖書通読  第19週・第6日目(申命記8章/使徒の働き18章)】豊かさの中でも謙遜に —— 命の糧である『みことば』に生かされる日々

この記事の目次

【第6日目】申命記 8章 / 使徒の働き 18章

【旧約聖書の解説:申命記 8章】

荒野の40年は「心を育てる教育の期間」

モーセは、イスラエルの民が経験した荒野での過酷な40年間が、決して無駄な苦しみや単なる放浪ではなく、神様による愛の「教育の期間」であったと優しく語りかけます。試練や苦難は、民の心を低くして謙遜さを学び、彼らが本当に神様の命令に従う気があるのかどうか、その心の奥底にあるものを明らかにするためのテストでした。神様は、私たちが自力では生きられないことを悟り、困難を通してご自身に頼る術を学ばせようとされているのです。

「人はパンだけで生きるのではない」という真理

神様があえて民を飢えさせ、その後「マナ」というこれまで誰も知らなかった不思議な食物を与えられたのには、非常に深い理由がありました。それは「人は目に見えるパン(物質的な糧)だけで生きるのではなく、神の口から出るすべてのみことばによって生きる」という絶対的な真理を心に刻むためでした。私たちの毎日の生活を根底で支えているのは、自分自身の努力や才能以上に、神様の真実な約束と命の言葉なのです。

■ 豊かさの中で「神様を忘れる危険」への強い警告

これから民が入っていく約束の地カナンは、水が豊かに湧き上がり、食べ物に全く不自由しない素晴らしい場所です。しかしモーセは、その豊かさの中にこそ最大の危機が潜んでいると警告します。生活が安定し、立派な家が建ち、財産が増えたとき、人間の心は「自分の力と知恵がこの富を築いたのだ」と自惚れてしまいがちです。物質的な繁栄は、霊的な高慢と神様への忘却を招きます。富を得る力そのものを与えてくださっているのは神様であることを、決して忘れてはなりません。

■ 【神様が喜ばれること】謙遜と、恵みを忘れない感謝の心

この章を通して、神様が私たちに最も望んでおられるのは「これまでの人生の導きを正しく記憶し、感謝すること」です。苦しかった時に神様がどうやって助けてくださったかを思い出し、今の平穏や恵みがすべて神様からの贈り物であると認める「謙遜な心」を、神様はとても喜ばれます。順境の時も逆境の時も、命の源である神様を第一とする姿勢を保つことが大切です。

【新約聖書の解説:使徒の働き 18章】

■ 共に働き、共に福音を語る(アキラとプリスキラとの出会い)

パウロは巨大な商業都市コリントに到着し、そこでアキラとプリスキラという素晴らしい夫婦に出会います。彼らはパウロと同じ「テント造り」という職業を持っていました。パウロは彼らの家に住み込み、平日は共に汗を流して働きながら、安息日には会堂でユダヤ人やギリシャ人に福音を語るという生活を1年半にわたって続けました。日常生活の労働と宣教の働きが見事に調和し、生活の現場から信仰の輪が着実に広がっていく姿がここに描かれています。

■ 「恐れるな、語り続けなさい」という主イエスの励まし

コリントは非常に堕落した町であり、ユダヤ人からの激しい反発や迫害もあったため、パウロの心には恐れや孤独感があったはずです。そんな時、夜の幻の中で主イエスがパウロに直接語りかけます。「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいる。この町には、わたしの民がたくさんいるのだから」。この個人的で力強い主の励ましによって、パウロは再び勇気を取り戻し、長期間この町に留まって神のみことばを教え続けることができました。

■ 互いに補い合い、成長を助け合う教会の美しい姿

その後、パウロは次の伝道へと出発しますが、舞台はエペソへと移ります。そこにはアポロという、聖書に精通し雄弁なユダヤ人が登場します。彼は熱心にイエスについて語っていましたが、その知識は「ヨハネのバプテスマ」までで止まっていました。そこでアキラとプリスキラ夫妻は、彼を自宅に招き、神の道(福音の真理)をより正確に説明しました。アポロは素直にそれを学び、その後さらに力強くキリストを証しする器となります。

■ 【神様が喜ばれること】恐れずに語ることと、愛による助け合い

神様が喜ばれるのは、パウロのように恐れや不安があっても、主の「わたしが共にいる」という約束を信じて一歩を踏み出し、福音を語り続けることです。また、アキラ夫妻がアポロを公に批判するのではなく、優しく招いて教えを補ったように、クリスチャン同士が互いの足りない部分を愛をもって補い合い、共に成長していく姿を神様は心から喜ばれます。指導者たちが謙遜に学び合うことで、教会は健全に建て上げられていくのです。

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