
昨日、あるクリスチャンの方から祈って欲しいことがあると連絡をもらいました。
その内容はもう相当前から祈りあっていることです。正直、人間の力ではどうこうすることが難しい問題です。
昨日からずっと祈りながら、わたしはつぶやいてしまいました。どうしてですか?なぜ神様、この嵐をすぐにおさめてくださらないのですか?と。わたしは、不信仰にも不平をもらしてしまいました。
でも、ずっと祈っているとしばらくして、『賛美の曲』と神様の『励ましの言葉』が与えられました。分かち合いたいと思います。
まず賛美の曲です。
人生の海の嵐の中で、思わず「なぜ今すぐに助けてくださらないのですか」と叫びたくなる気持ち、それは信仰を持つ者であっても避けることのできない、極めて人間的で切実な叫びだと思います。
人生の海の嵐に激しく揺り動かされている時、神様の助けが程遠くてどうしたらいいのかわからない時・・・
この賛美歌「人生の海の嵐に」が、単なる景気の良い歌ではなく、140年以上も苦難の中にある人々に歌い継がれてきたのは、
そこに「嵐を止めること」よりも深い「キリストの勝利」が描かれているからです。
聖書が約束するイエス様の励ましと、困難の中で「勝利」を確信できる根拠について、御言葉から確認しましょう。
この記事の目次
1. 「嵐の中に共にいてくださる」という最大の助け
私たちは、助けとは「嵐が消え去ること」だと考えがちです。しかし、聖書が教えるイエス様の助けの本質は、「嵐のただ中に、主が共に座しておられる」という事実にあります。
「水の中を歩くときも、わたしはあなたとともにいる。川の中を歩いても、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、焼かれず、炎に巻かれることもない。」(イザヤ書 43章2節)
主は「嵐を遠くから眺めている」のではなく、同じ船に乗っておられます。ガリラヤ湖で嵐が起きた時、弟子たちは「溺れて死にそうなのに、なぜ寝ておられるのですか!」と叫びました。しかし、主がその船にいたからこそ、船は沈没しなかったのです。「すぐ助けてくれない」と感じる時も、主の沈黙は「見捨てた」のではなく、「主が共にいるから大丈夫だ」という絶対的な安息の現れでもあります。
2. 「世に勝っている」という法的勝利の宣言
「なぜこれほど苦しいのか」と叫びたくなった時、主イエスが語られたこの約束を握りしめてください。
「これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を持つためである。世では悩みがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。」(ヨハネによる福音書 16章33節)
ここで注目すべきは、イエス様が「悩みがある(苦難がある)」と断言した上で、「わたしは(すでに)勝っている」と言われている点です。 私たちの戦いは「これから勝てるかどうか」のギャンブルではなく、「勝利者の側に立って、すでに決着がついた戦いを終えるのを待つ」プロセスです。
私たちが「信仰は勝利!」と叫べるのは、自分の環境が良くなったからではなく、環境を支配する「世」よりも、私たちの主の方が大きいという事実に基づいています。
3. 錨(いかり)が届いている場所
この賛美歌の核心は、「錨がどこに下ろされているか」にあります。
「この望みは、わたしたちにとって、いわば、たましいを安全にし、確実にする錨のようなものであり、かつ幕の内側にまで入り込んでいるものである。」(ヘブル人への手紙 6章19節)
船の錨は通常、海底に下ろされますが、クリスチャンの魂の錨は、天の聖所(幕の内側)、つまり神の御座のすぐそばに繋ぎ止められています。
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海面(感情や状況)がどれほど荒れていても、
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深海(魂の奥底)にある錨は、神様の不変の約束にがっちりと食い込んでいます。
「なぜ助けてくれないのか」という叫びは、海面の揺れに対する反応です。しかし、その叫びを上げている瞬間も、あなたの魂の鎖は一本も切れておらず、天の父の手にしっかりと握られています。
恵みを覚える確信のメッセージ
困難の中で「信仰は勝利!」と叫ぶことは、強がりではありません。それは、「今の状況よりも、神様の約束の方が真実である」と同意する行為です。
神様がすぐに事態を解決されない時、そこには必ず「あなたの魂をより強くし、神の栄光を現すためのタイミング」があります。
アブラハムもヨセフもダビデも、叫びながら待ち続けました。そしてその待機期間こそが、彼らの信仰を「揺るがない金」へと精錬したのです。
「しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において、圧倒的な勝利者となるのである。」(ローマ人への手紙 8章37節)
「圧倒的な勝利」とは、苦難がないことではなく、どんな苦難さえも「神の愛から引き離すことはできない」と確信し、それを踏み台にして立ち上がることです。
今日、その荒れ狂う海の中で、主イエスはあなたを見つめ、「わたしの手はあなたを離さない」と語っておられます。
この約束こそが、明日を生きる力となります。

