【聖書通読第19週5日目】「神様の無条件の愛」を深く理解し、「私たちがみことばを第一とすること」を神様が望んでおられます。

第19週・第5日目の箇所(申命記7章、使徒の働き17章)を通して、「神様が私たちに何を望んでおられるのか」という視点で、分かりやすく解説します。

この記事の目次

【旧約聖書:申命記 7章から神様が私たちに望んでおられること】

申命記7章を通して、

神様は私たちが「神様の無条件の愛」を深く理解し、その愛に応える生き方をすることを望んでおられます。

■ ありのままの自分を愛してくださる神様への感謝

神様がイスラエルの民を選ばれたのは、彼らが他の民族よりも強かったり、数が多かったり、特別に優れていたからではありません。ただ「神様の愛」ゆえでした。神様は現代を生きる私たちに対しても、「あなたが立派だから愛する」のではなく、ご自身の豊かなあわれみによって、ありのままの私たちを選び、愛してくださっています。自分の力や実績を誇るのではなく、この一方的な恵みに感謝し、へりくだって歩むことが求められています。

■ この世の価値観(現代の偶像)に染まらない「聖なる民」としての歩み

神様はカナンに入る民に対し、現地の偶像崇拝から徹底的に離れ、身をきよく保つ(聖別する)ことを命じられました。これは今日において、私たちが「神様よりも優先してしまうもの」に対する警告です。お金、地位、他者の評価、あるいは自分自身の知恵など、現代社会には目に見えない「偶像」があふれています。神様は、私たちが世の価値観に流されたり妥協したりするのではなく、神様だけを第一とする「聖なる民」としての純粋な信仰を保つことを望んでおられます。

■ 目の前の困難を恐れず、共にいてくださる神様を信頼する

民がカナンに入植する際、そこにいる強大な敵に恐れを抱くのは当然のことでした。しかし神様は「彼らを恐れてはならない。あなたの神、主があなたとともにおられるからだ」と励まされます。私たちの人生にも、自分よりはるかに大きく見える問題や試練が立ちはだかることがあります。神様は、私たちが困難の大きさに目を奪われるのではなく、過去に救い出してくださった神様の真実な御業を思い出し、勝利を約束してくださる主を全幅の信頼をもって見上げることを望んでおられます。

【新約聖書:使徒の働き 17章から神様が私たちに望んでおられること】

使徒の働き17章を通して、

神様は私たちがみことば(聖書)に対して真摯に向き合い、この世に対して大胆かつ柔軟に真理を語り伝えることを望んでおられます。

■ みことばを日々探求し、確かめる素直な心(ベレアの人々のように)

パウロがベレアの町で福音を語ったとき、人々は非常に素直な心でみことばを受け入れました。そして「それがその通りかどうか」と、毎日熱心に聖書を調べました。神様は私たちにも、誰かから聞いた話をただ鵜呑みにするのではなく、自ら聖書を開き、神様のみこころは何であるかを日々探求し、確認する姿勢を求めておられます。自分の頭で考え、みことばの真理に深く根ざした信仰を持つことが、揺るがない土台となります

■ 文化や相手に合わせた柔軟な姿勢で真理を語る

アテネという哲学と知性の町で、パウロは「知られない神に」と刻まれた祭壇を見つけ、それを入り口にして聖書の神様を紹介しました。相手の文化や思想を頭ごなしに否定するのではなく、彼らが関心を持っている事柄から出発し、そこから創造主なる神様へと見事に繋げています。神様は私たちにも、自分たちの殻に閉じこもるのではなく、世の人々の痛みや関心に寄り添いながら、分かりやすい言葉と柔軟な知恵を用いて福音を届けることを望んでおられます。

■ 創造主への立ち返りと、復活の希望に生きる

パウロはアテネの人々に対し、神様は人間の手で造られた宮に住むような方ではなく、私たちに「命と息と万物」を与えてくださる偉大な創造主であると語りました。そして、イエス・キリストの死と復活による救いと、やがて来る裁きの日について宣言しました。神様が私たちに最も望んでおられるのは、人間のちっぽけな考えや偶像から離れ、いのちの与え主である真の神様に立ち返ること(悔い改め)です。

そして、イエス様の復活という確かな事実に希望を置き、この世の嘲笑や無理解を恐れることなく、力強く生きていくことです。

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