【聖書通読第13週6日目】主の導きに従い、新しく生まれる恵みに生きる(民数記9章ヨハネ3章)

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【聖書通読第13週6日目】主の導きに従い、新しく生まれる恵みに生きる(民数記9章ヨハネ3章)

民数記9章とヨハネ3章

主の導きに従い、新しく生まれる恵みに生きる

民数記9章とヨハネ3章は、一見するとつながりが薄いように見えます。
しかしこの二つの章には、大切な共通点があります。
それは、人は自分勝手に進むのではなく、神様の導きに従って生きるべきであり、そのためには内側から新しくされる必要があるということです。

民数記9章の解説

神様は過越を忘れず、民を導いておられる

民数記9章の前半では、過越の祝いについて語られています。
イスラエルの民は、エジプトで奴隷だった時に、神様が大いなる力で救い出してくださったことを忘れないために、過越を守るよう命じられていました。

ここで大切なのは、神様の救いは一度きりの思い出ではなく、何度も思い返すべき恵みだということです。
人は、助けられた時には感謝しますが、時がたつと忘れやすいものです。
でも神様は、「あなたがたはわたしの救いを忘れてはならない」と教えておられるのです。

また、汚れてしまって過越に参加できない人のために、神様は別の時を備えられました。
ここには、神様のあわれみ深さがあります。
神様は、救いの恵みから人を遠ざけるためではなく、むしろそこへあずからせようとして道を備えてくださるお方です。

後半では、雲の柱の導きが語られます。
幕屋の上に雲がとどまる時は宿営し、雲が上がる時は出発する。
民は、自分たちの都合や判断で勝手に進んだのではなく、神様のしるしに従って進みました。

これは信仰生活にとても大切なことを教えています。
私たちはつい、「早く進みたい」「自分の思う通りに動きたい」と思います。
でも神様の民に必要なのは、速さではなく、主に従うことです。

たとえるなら、登山でガイドを無視して先に進めば迷ってしまうようなものです。
神様は、私たちを迷わせるためではなく、守るために導いてくださいます。
だから、止まる時も、進む時も、主のしるしを見上げることが大切なのです。

神様が望んでおられること

神様が望んでおられるのは、私たちが救いの恵みを忘れず、主の導きに従って歩むことです。
自分の思いだけで急がないこと。
「主よ、今は進む時ですか、待つ時ですか」と尋ねながら歩むこと。
そして、昔受けた恵みを思い返しながら、感謝して進むことを主は望んでおられます。

ヨハネ3章の解説

新しく生まれなければ神の国を見ることはできない

ヨハネ3章では、ニコデモという人が夜、イエス様のもとにやって来ます。
彼は宗教的にはとても立派な人でした。
知識もあり、地位もあり、人から見れば信仰深い人です。
けれどイエス様は、そんなニコデモに対して驚くべきことを言われました。

「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」

これはとても大切な言葉です。
イエス様は、「もっと頑張りなさい」とは言われませんでした。
「もっと勉強しなさい」とも言われませんでした。
そうではなく、新しく生まれる必要があると言われたのです。

つまり、人は表面を少し整えるだけでは足りないのです。
内側から新しくされなければ、本当に神様の国を見ることはできません。

ニコデモはそれがすぐにはわかりませんでした。
私たちも最初は、「新しく生まれる」とはどういうことだろうと思います。
それは、もう一度肉体的に生まれることではありません。
神様の御霊によって、心が新しくされることです。
神様から離れていた人が、神様へ向きを変え、新しいいのちに生かされることです。

そしてヨハネ3章の中心には、あの有名な16節があります。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。」

ここに福音の中心があります。
神様は、私たちが立派になってから愛されたのではありません。
罪あるままの私たちを愛し、御子イエス・キリストを与えてくださいました。
信じる者が滅びることなく、永遠のいのちを持つためです。

また14〜15節では、荒野でモーセが蛇を上げた出来事が語られます。
これは、罪に苦しむ人が十字架のキリストを仰ぎ見る時、救われることを示しています。
救いは、自分で何とかすることではなく、イエス様を信じて仰ぎ見ることなのです。

神様が望んでおられること

神様が望んでおられるのは、私たちが表面だけでなく、内側から新しくされることです。
宗教的に見えることや知識があることだけではなく、神様の愛を受け入れ、イエス・キリストを信じ、新しいいのちに生きること。
そして、自分の力ではなく、神様の恵みによって生かされることを主は望んでおられます。

まとめ:主の導きに従い、神の愛によって新しく生きる

民数記9章は、神様がご自分の民を救いの恵みの中に保ち、雲の柱によって導かれることを教えています。
ヨハネ3章は、その神様の前に生きるためには、人は新しく生まれなければならないこと、そしてその新しいいのちは神の愛によって与えられることを教えています。

今日、私たちが覚えたいのはこれです。

主はあなたを導いておられます。
主はあなたを新しくしたいと願っておられます。

だから、自分勝手に走るのではなく、主の導きを見上げましょう。
そして、自分の力に頼るのではなく、神の愛とキリストの恵みによって新しくされる歩みを大切にしたいと思います。

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