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【聖書通読 第31週 1日目】士師記17章・エペソ人への手紙6章
【旧約聖書】士師記 17章 —— 自分好みにカスタマイズした「お手軽な神様」
士師記17章には、マイカという人物が登場します。彼は母親から盗んだ銀を返し、母親はその銀で「偶像(神様の像)」を作ってしまいます。マイカは自宅に自分だけの小さな神殿を作り、自分の息子を祭司にし、さらに通りかかった見ず知らずのレビ人を給料で雇って、「これで神様は私を祝福してくれるぞ」と大喜びしました。
一見すると熱心に信仰しているように見えますが、これは非常に恐ろしい状態です。なぜなら、マイカは「自分を正しく導いてくれる本当の神様」を求めたのではなく、「自分の都合の良いように動いてくれる、自分好みの神様」を作り上げただけだからです。
例えるなら、レストランのビュッフェで、自分の好きなケーキや揚げ物だけをお皿に山盛りにし、少し苦いけれど栄養のある野菜は一切取らないような「つまみ食いの信仰」です。自分を慰め、祝福してくれる神様は歓迎するけれど、自分の罪を指摘し、正しい道へ修正しようとする神様の言葉は聞かない。この「自分が世界の中心(王)になる」という自己中心的な心が、士師記の終盤を覆う深い霊的暗闇の入り口となりました。
【新約聖書】エペソ人への手紙 6章 —— 激しい圧力から命を守る「神の武具」
自分の欲望を満たすために神様を利用したマイカとは対極的に、エペソ人への手紙6章では、本当の神様に人生を委ね、悪の力から自分と大切な人を守るための「神の武具」について語られています。 パウロは「私たちの戦いは、血肉(人間)に対するものではなく、暗闇の世界の支配者たち、悪の霊的力に対するものです」と語りました。
ここで、「深海探査船」の例えをお話ししましょう。 光の届かない何千メートルもの深海に潜る時、潜水艦の周囲には想像を絶する「水圧」がかかります。もし船体に少しでもひび割れや脆い部分があれば、一瞬にしてペシャンコに押しつぶされてしまいます。乗組員がいくら自分の筋肉で壁を内側から押さえても、絶対に太刀打ちできません。 命を守る唯一の方法は、「水圧に絶対に負けない、頑丈なチタン合金で作られた船」の中にすっぽりと身を隠し、そこから出ないことです。
私たちが普通のクリスチャンとして生きる日常も同じです。将来への不安、恐れ、人間関係の悩み、あるいは「自分中心に生きたい」という自己中心的な誘惑。これらは深海の水圧のように、四方八方から私たちの心を押しつぶそうとします。自分の心の強さ(精神力)や道徳心だけで耐えようとすれば、すぐにひび割れてしまいます。
だからこそ、パウロは「真理の帯、正義の胸当て、平和の福音の靴、信仰の盾、救いのかぶと、御霊の剣」という、神様が用意してくださった完璧な武具(チタン合金の船)をしっかりと身に着けなさいと命じているのです。
今日の神様からの奨め —— 武器を手放し、キリストを着る
私たちは毎日を過ごす中で、時にマイカのように「神様、どうか私の思い通りに状況を動かしてください」と、神様を自分の人生の「雇われ祭司」にしてしまいたくなる誘惑に駆られます。あるいは、家庭や職場の人間関係で意見がぶつかった時、目の前の相手(人間)を「敵」と見なして、自分の正しさという武器で相手を攻撃したくなることがあります。
しかし今日、神様はあなたにこう優しく語りかけておられます。 「あなたの本当の敵は、目の前にいるその人ではありません。背後にある目に見えない不安や悪の誘惑です。だから、自分の力で戦うのをやめて、わたしが用意した『神の武具』を着けなさい。」
神の武具とは、言い換えれば「イエス・キリストご自身」のことです。 「真理」であるキリスト、「正義」であるキリスト、「平和」であるキリストの中にすっぽりと身を隠す時、深海のような世の圧力からあなたの心は完全に守られます。
今日、あなたの心をざわつかせる出来事があったなら、大きく深呼吸をして「神様、私は今、自分の武器を下ろし、あなたという武具を身に着けます」と祈ってみてください。そして、「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい」というみことばの通り、自分の願いを押し付けるのではなく、神様のみこころを尋ね求める祈りを捧げましょう。なぜなら、サタンが一番恐れるクリスチャンは、神様の前にひざまずいて祈るクリスチャンだからです。
あなたが神様の武具に守られ、深い平安と安心感の中で、今日という一日を力強く歩むことができますようにお祈りしています。

