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【聖書通読 第25週 3日目】隠れた罪の恐ろしさと、神に召された場所で輝く「それぞれの使命」
アイの町での敗北をもたらしたアカンの隠れた罪を通して、共同体や個人の心と神様との関係を阻む「隠し事」の恐ろしさを学びます。また、パウロが語る結婚と独身の教えから、自分の置かれた境遇を他人と比べるのではなく、今いるその場所で神様の栄光のために生きる美しさに気づく一日です。
【旧約】ヨシュア記 7章 の解説
難攻不落のエリコを奇跡的に陥落させたイスラエルですが、次に攻め入った非常に小さな町「アイ」であっけなく惨敗してしまいます。その原因は、アカンという一人の男が「戦利品はすべて滅ぼし尽くして神にささげよ」という絶対の命令を破り、美しい外套(コート)や金銀をこっそり自分のテントの土の中に隠し持っていたからでした。
たった一人の「隠れた罪」が、イスラエル全体から神様の守りが失われるという致命的な敗北をもたらしました。これは、大勢の人が乗る巨大な船の底に空いた「小さな穴」にとてもよく似ています。アカンは「自分の個室(テント)に少し穴を空けて隠しただけだから、誰にも迷惑はかけていないし、他の人には関係ないだろう」と思っていたかもしれません。しかし、船底のたった一つの小さな穴から海水が入り込めば、どんなに立派な客船でもやがて全体が沈没してしまいます。
罪の性質は「見た、欲しくなった、取った、隠した」というアカンの行動に象徴されています。私たちの人生や教会の交わりにおいても、「誰にも見られていないから」「これくらい自分個人の問題だから」と、神様の御心に反する小さな罪をごまかして隠したままにしておくと、それはやがて船全体を沈める原因になってしまいます。
しかし、神様は私たちを単に罰したり、いじめたりするために罪を暴くのではありません。船が沈んで私たちが完全に海に飲まれて滅んでしまう前に、愛をもってその隠れた穴(罪)を指摘し、「悔い改め」という修理を施すことによって、私たちが再び神様の豊かな祝福と勝利の航海へと戻れるように導いておられるのです。自分の弱さをごまかさず、光の中に持ち出すことこそが、回復への唯一の道です。
【新約】第一コリント 7章 の解説
第一コリント7章では、パウロが「結婚」と「独身」という、人生の非常にデリケートで現実的なテーマについて語ります。当時のコリント教会には、「より霊的になるためには、夫婦であっても関係を絶つべきだ」という極端な考え方や、逆に「結婚しなければ一人前ではない」という世俗的な風潮が入り混じっていました。しかしパウロは、結婚している状態も、独身である状態も、どちらかが優れていてどちらかが劣っているのではなく、それぞれが「神様から与えられた固有の恵みの賜物(ギフト)」であると語ります。
これを「オーケストラ」の楽器に例えてみましょう。
結婚している人は「バイオリン」のように、配偶者という他の弦と美しく調和し、時にぶつかり合いながらも、愛と忍耐によって豊かな和音を奏でる使命が与えられています。一方、独身の人は「フルート」のように、身軽で純粋な音色をもって、ソロとしてまっすぐに指揮者(神様)の目を見つめ、「主に専心する」という素晴らしい使命が与えられています。バイオリンがフルートの身軽さをうらやんだり、フルートがバイオリンの重厚さを見下したりするのは、音楽として全く無意味なことです。
パウロは「それぞれが、神から召されたときの状態にとどまっていなさい」と勧めます。大切なのは、自分が今どの楽器を担当しているか(結婚しているか、独身か、どんな職業か)ではなく、「今、神様から与えられているその場所で、天の指揮者に向かって最高の音色を響かせているか」ということです。「もしあの人と結婚していれば」「もし独身だったら」と、無いものねだりの「隣の芝生」をうらやむ必要はありません。神様は、今のあなたのその状態(楽器)を通してでなければ絶対に奏でられない、特別な神の栄光(音楽)を計画しておられるのです。
今日一日の神様からの奨め
もしあなたの心の中に、誰にも言えない隠れた「船底の穴(罪やごまかし)」があるなら、沈没してしまう前に、今日、神様の前に素直に差し出しましょう。大工であるイエス様が、十字架の愛という最高の素材で、その穴を完全に塞いで修理してくださいます。
また、自分の今の境遇(結婚や独身、家庭環境など)を誰かと比べて落ち込んだり、焦ったりするのはやめましょう。神様があなたに手渡された「今の人生という大切な楽器」をしっかりと抱きしめ、今日、あなたにしか出せない愛と感謝の音色を、あなたの置かれた場所で美しく響かせる一日としてください。
