【聖書通読 第32週 3日目】絶望を歓喜に変える「逆転の神」と、相手を生かす「塩味の言葉」(ルツ4章コロサイ4章)

この記事の目次

【聖書通読 第32週 3日目】絶望を歓喜に変える「逆転の神」と、相手を生かす「塩味の言葉」(ルツ4章コロサイ4章)

聖書通読第32週の3日目です。今日は、葬式と絶望から始まったルツ記が、結婚と新しい命の誕生という最高のハッピーエンドを迎える感動の最終章(旧約)と、私たちの日常の言葉を「相手を生かすもの」へと変える秘訣を教えるコロサイ書の結び(新約)を味わいます。

【旧約聖書】ルツ記 4章 —— 「空っぽの腕」に抱かれた希望の光

ルツ記4章では、ボアズが町の門の広場に長老たちを集め、ルツとナオミの土地を買い戻すための法的な手続きを正式かつ公に完了させます。彼はただの同情ではなく、責任と大きな代価を伴う「贖い主(ゴエル)」としての務めを喜んで果たし、ルツを正式な妻として迎え入れました。

そして、神様の豊かな祝福によって二人の間に元気な男の子(オベデ)が誕生します。 ここで、ルツ記1章のナオミの悲痛な叫びを思い出してみてください。彼女は夫と二人の息子を失い、「私は満ち足りて出て行きましたが、主は私を空っぽにして帰らせました。……どうか私のことを『マラ(苦しみ)』と呼んでください」と泣き崩れていました。彼女の人生の器は完全に砕かれ、腕の中には何も残っていませんでした。

しかし4章の結びで、町の女たちはナオミに向かってこう歌います。

「主がほめたたえられますように。……この子はあなたのいのちを回復し、あなたの老後を養う者となります。」(ルツ4:14-15)

ナオミは、その小さな赤ちゃんを自分の胸に抱き寄せました。「空っぽ」だった彼女の腕の中は、今や言葉にできないほどの喜びと希望で「満ちあふれて」いたのです。

この赤ちゃん(オベデ)は、後に偉大なダビデ王の祖父となり、その家系から救い主イエス・キリストが誕生します。 神様は、「もう私の人生は終わりだ」と嘆く絶望のどん底(タペストリーの裏側)を、最高の愛の物語(タペストリーの表側)へと見事にひっくり返される「逆転の神様」です。人間の目には「すべてを失った空っぽの悲劇」に見えても、神様の目には、そこに全く新しい希望の種を植えるための「整えられたふかふかの土」に見えていたのです。

【新約聖書】コロサイ人への手紙 4章 —— 相手の魅力を引き出す「ひとつまみの塩」

ルツ記が美しいチームワークと愛で結実したように、コロサイ人への手紙の最終章でも、パウロはクリスチャン同士の温かい交わりと、日常の「言葉」の大切さについて語ります。

パウロはここで、私たちの人間関係を変える非常にユニークな教えを残しています。

「あなたがたの言葉が、いつも恵みに満ち、塩で味付けされたものであるようにしなさい。そうすれば、一人ひとりにどのように答えるべきかが分かります。」(コロサイ4:6)

ここで、「料理における塩の役割」を想像してみてください。 茹でただけのじゃがいもは、味がぼやけていてあまり美味しくありません。そこに「ひとつまみの塩」を振るとどうなるでしょうか。じゃがいもが「塩の味」になるのではありません。塩が加わることで、じゃがいも本来の甘みや旨み(素材の魅力)が最大限に引き出されるのです。しかし逆に、塩を大量に振りすぎると、しょっぱくて食べられなくなってしまいます。

パウロが言う「塩で味付けされた言葉」とは、まさにこれです。 相手を厳しく批判したり、自分の正しさを押し付けたりする言葉は、「塩のかけすぎ」であり、相手の心を萎縮させてしまいます。一方で、表面的なお世辞や無関心な言葉は、塩気のない「味気ない言葉」です。 しかし、神様の愛(恵み)に根ざした言葉は、相手の心に寄り添い、励まし、その人が本来持っている「神様から与えられた魅力や可能性」を美しく引き出します。「あなたにはこんなに素晴らしいところがあるね」「あなたのために祈っているよ」というひとつまみの塩(恵みの言葉)が、疲れ果てた友人の魂を生き返らせるのです。

またパウロは、この章の後半でテキコ、オネシモ、医者ルカ、マルコなど、多くの仲間の名前を挙げています。牢獄にいるパウロが希望を失わずにいられたのも、このような「塩味のきいた恵みの言葉」を掛け合い、共に祈り合う素晴らしい仲間(チーム)がいたからに他なりません。

今日の神様からの奨め —— 絶望を委ね、生かす言葉を語る

私たちは生きている中で、ナオミのように「一生懸命にやってきたのに、結果的に空っぽになってしまった」と無力感に苛まれることがあります。あるいは、人間関係の摩擦で、つい塩気を通り越した「トゲのある言葉」を口にしてしまい、後悔することもあるでしょう。

しかし今日、神様はあなたにこう語りかけておられます。 「あなたのその『空っぽの腕』を、そのままわたしに差し出しなさい。わたしがそこに、思いもよらない希望の命を満たそう。そして今日、あなたの口から出る言葉を、人を癒やす恵みの塩として使いなさい。」

もし今、あなたの心に「どうにもならない行き詰まり」を感じているなら、それをルツ記の神様、逆転の神様に委ねてください。神様は、あなたの涙を無駄にはされません。 そして今日、あなたの家族や友人、同僚に対して、その人の良さを引き出す「ひとつまみの塩(励ましの言葉)」を意識して語りかけてみましょう。あなたの口から出る恵みの言葉が、誰かの心を温かく照らす小さな光となり、あなた自身の心も神様の深い喜びで満たされる豊かな一日となりますように。

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

おすすめの記事