
この記事の目次
命をかけて御言葉を紡いだ人々 ——聖書翻訳者たちが遺した「愛のバトン」
前置き
聖書通読の歩みの中で迎える「ホッと一休み」の日。いつも読んでいるその聖書が、今私たちの手元にあるのは決して当たり前のことではありません。かつて、自分の命を危険にさらしながらも、「誰もが母国語で神の愛を知ることができるように」と人生のすべてを捧げた聖書翻訳者たちがいました。 今回は、通読をちょっと一休みして、私たちが日常的に開いている「一冊の聖書」の背景にある、翻訳者たちの燃えるような情熱と歴史のエピソードをお届けします。この物語を通して、明日からの御言葉への向き合い方がさらに愛おしく、深いものへと変えられるはずです。
【本編】命をかけて御言葉を紡いだ人々
1. 序論:私たちの手にある「奇跡の一冊」
聖書通読を日々続けておられる皆様、今日もお疲れ様です。第43週の7日目は「ホッと一休み」の日。少し肩の力を抜いて、私たちが何気なくめくっているその聖書の「ページの重み」に、優しく思いを馳せてみませんか。 現在、世界中には数多くの言語で翻訳された聖書が存在し、私たちはいつでも、どこでも、日本語で神様の御言葉を読むことができます。しかし、歴史をほんの数百年さかのぼれば、聖書を一般の人が自国の言葉で読むことは厳しく禁じられていました。聖書は一部の特権階級だけがラテン語で読むものであり、民衆は神の言葉を直接知る術がなかったのです。 そんな暗闇の時代に、「すべての人が、自分の母国語で神の愛を知るべきだ」と立ち上がり、命をかけて聖書を翻訳し続けた人々がいました。彼らの流した血と涙、そして言葉にできないほどの素晴らしいエピソードをご紹介します。
2. ウィリアム・ティンダル:火刑の煙の中で叫んだ祈り
イングランドの聖書翻訳者であり、現代の英語聖書の基礎を築いたウィリアム・ティンダル(1494〜1536年)のエピソードは、キリスト教の歴史において最も胸を打つものの一つです。 当時のイギリスでは、英語で聖書を翻訳することは死罪を意味していました。あるとき、高位の聖職者と論争になったティンダルは、民衆の無知を嘆き、このように言い放ちました。 「もし神が私の命を長らえさせてくださるなら、私は数年のうちに、畑を耕す少年でさえ、あなたよりも聖書をよく知るようにしてみせる」 彼は国内での翻訳を諦め、ヨーロッパ大陸へ亡命。追っ手から逃れ、印刷所を転々としながら、ついに初となる英語の新約聖書を完成させ、それを不法にイギリスへ密輸しました。民衆は熱狂的にこの聖書を読みましたが、教会当局は彼を異端者として執拗に追い詰めます。 ついに裏切りによって捕らえられたティンダルは、1536年、ベルギーのブリュッセル郊外で火刑に処されました。杭に縛り付けられ、足元に火がつけられるその直前、彼は大声でこう祈ったと伝えられています。 「主よ、イングランド王の目を開いてください!」 神様はこの命がけの祈りに、驚くべき方法で答えられました。ティンダルの死後わずか数年、まさにそのイングランド王(ヘンリー8世)の手によって、すべての教会に英語の聖書を置くことが公式に認められたのです。私たちが今、自由に聖書を読める背景には、このような「命の引き換え」がありました。
3. メアリー・ジョーンズ:一冊の聖書を求めて歩いた40キロの奇跡
1800年、ウェールズの小さな村に、メアリー・ジョーンズという15歳の貧しい少女がいました。彼女は神様の言葉が大好きでしたが、家には聖書がなく、村に一冊だけある聖書を読むために、毎週何キロも離れた親戚の家まで通っていました。 「自分の聖書がほしい」 メアリーはその一心で、貧しい暮らしの中からコツコツと、実に6年もの歳月をかけて貯金をしました。そしてついに聖書を買うだけのお金が貯まったとき、彼女は聖書を販売しているチャールズ牧師のいる町まで、約40キロ(25マイル)もの山道を、靴をすり減らさないように裸足で歩き通したのです。 しかし、ようやく辿り着いた町で、チャールズ牧師から告げられたのは「ウェールズ語の聖書はもう売り切れてしまった」という残酷な現実でした。メアリーはその場に崩れ落ち、激しく泣き崩れました。15歳の少女が6年間貯金し、裸足で40キロ歩いてきたその熱意と涙に深く心を打たれた牧師は、他の人のために取り置いていた最後の一冊を、彼女に手渡しました。 メアリーは聖書を胸に抱き締め、再び40キロの道を喜び歌いながら帰っていきました。この少女の感動的な姿に心を動かされたチャールズ牧師たちは、「世界中の人々が自分の言葉で聖書を持てるようにしなければならない」と決意し、これがきっかけとなって、世界最大の聖書普及組織である「聖書協会」が設立されることになったのです。
4. 日本語聖書に命を吹き込んだ、サムエル・ブラウンとヘボンの祈り
日本の私たちにとっても、他人事ではありません。幕末から明治にかけて、日本語への聖書翻訳に生涯を捧げた宣教師たちがいました。 ブラウン宣教師は、何年もかけて翻訳した日本語聖書の原稿を、自宅の火事によってすべて失うという大悲劇に見舞われました。高齢だった彼は絶望してもおかしくない状況でしたが、周囲に「神様が、もっと良い翻訳をしなさいと言っておられるのだ」と語り、再びゼロから翻訳をやり直しました。 また、医療活動をしながら辞書を編纂し、聖書翻訳の中心となったヘボン宣教師は、すべての翻訳作業を終えたとき、すでに白髪の老人となっていました。彼は完成した日本語の新約聖書を天に掲げ、涙を流しながら神に感謝の祈りを捧げたといいます。彼らが日本の文化と言葉を深く愛し、徹夜を重ねて紡ぎ出してくれたからこそ、現在の「日本語の聖書」が存在しているのです。
結論:今日、私たちが受け取る「愛のバトン」
聖書翻訳者、そしてそれを届けようとした人々を突き動かしたものは何だったのでしょうか。それは、「この御言葉のなかに、人間を本当に救う命がある」という圧倒的な確信と、神様への愛でした。 彼らにとって、聖書は「勉強するための本」ではなく、「生きるための命のパン」そのものだったのです。 今日、聖書通読をお休みしている皆様。ぜひ、手元にある聖書をそっと眺めてみてください。その1ページ1ページには、ティンダルの祈りが、メアリー・ジョーンズの涙が、そして無数の宣教師たちの執念と愛が染み込んでいます。 私たちは今、歴史上のどの時代の人々よりも、最も恵まれた環境で御言葉を受け取っています。明日から再び通読を始めるとき、この「愛のバトン」を今自分が受け取っているのだという感動と共に、みことばの1ページを開いていただければ幸いです。 今日一日は、この大きな愛の歴史に包まれて、心穏やかな安息のひとときをお過ごしください。

