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【聖書通読 第27週 ホッと一休み】もつれた糸が織りなす「恵みのタペストリー」――天の御父の膝の上で
ヨシュア記の力強い開拓の歩みと、第二コリント人への手紙が語る「土の器」の恵みを読み進めてこられたあなたへ。一週間の聖書通読、本当にお疲れ様でした。今日は難しい解釈や教理をお休みして、魂の深呼吸をする日です。私たちの人生の苦難や不器用さという「もつれた糸」が、神様の御手によっていかに美しい一つの作品として織り上げられているのか。心温まるエピソードとともに、神様の完全な愛にホッと心を委ねてみましょう。
はじめに:一週間の歩みをねぎらう安息日
今週も、忙しい日々の中で時間をさき、みことばの前に座られたご自身の歩みを、まずは優しくねぎらってあげてください。 今週の通読では、ヨシュア記で「神様の約束が一つもたがわずに成就した」という壮大な宣言(ヨシュア21:45)を聞きました。一方で新約では、パウロが死を覚悟するほどの苦難を通らされ、私たちがひび割れた「土の器」にすぎないこと(第2コリント4:7)を学びました。
現実の生活を見渡すと、「約束の成就」という輝かしい勝利よりも、「土の器のひび割れ」の方ばかりが気になってしまうことはないでしょうか。 「あんなに祈ったのに、まだ問題は解決しない」「自分は相変わらず不器用で、失敗ばかりしている」。そんな風に、自分の人生がひどく散らかって、もつれているように感じて落ち込む日があるかもしれません。 7日目の今日は、そんな「もつれた人生」を、神様がどのような目で見つめておられるのかを知るための日です。
1. 床の上から見上げる「もつれた糸」の人生
ある国に、刺繍(タペストリー)作りがとても上手なお母さんがいました。 彼女が布を木枠に張り、針と糸を使って見事なタペストリーを縫い上げている間、小さな息子はいつもお母さんの足元、床の上に座って遊んでいました。
床の上からお母さんの手元を見上げると、布の「裏側」しか見えません。 下から見上げる刺繍の裏側は、本当にひどいものでした。糸がぐちゃぐちゃにもつれ合い、あちこちに不格好な結び目(ダマ)があり、特に息子が嫌だったのは、お母さんが頻繁に「黒や暗い茶色」の糸ばかりを使っていることでした。

息子はたまらず尋ねました。 「お母さん、何を作っているの? 糸はもつれているし、結び目だらけで汚いよ。どうしてそんなに暗くて悲しい色の糸ばかり使うの? 全然きれいじゃないよ」
これはまさに、私たちがこの地上で自分の人生を見つめている時の姿です。 病気、人間関係の摩擦、経済的な不安、過去のトラウマ、そして自分の不器用さや欠点。下
(地上)から見上げる私たちの人生の裏側は、不格好な結び目と、暗く悲しい色の糸ばかりで織られているように見えます。「神様、あなたは私の人生で一体何を作っておられるのですか? なぜこんな苦しいことばかりが続くのですか」と、私たちは床の上から天に向かって文句を言ってしまうのです。
(地上)から見上げる私たちの人生の裏側は、不格好な結び目と、暗く悲しい色の糸ばかりで織られているように見えます。「神様、あなたは私の人生で一体何を作っておられるのですか? なぜこんな苦しいことばかりが続くのですか」と、私たちは床の上から天に向かって文句を言ってしまうのです。2. 御父の膝の上で見つめる「最高傑作」
床に座る息子に向かって、お母さんは優しく微笑み、こう言いました。 「坊やは今、下から見上げているから、もつれた糸や暗い色しか見えないのよ。もう少し待っていてね。これが完成したら、お母さんの膝の上に抱き上げてあげるから」
やがて刺繍が完成し、お母さんは息子をヒョイと抱き上げ、自分の膝の上に座らせました。 そして、タペストリーの「表側」を彼に見せたのです。
息子はハッと息をのみました。 そこには、息を呑むほどに美しい「黄金の冠」が織り上げられていました。彼が「汚い」と文句を言っていたあの不格好な結び目は、美しい花の模様の中心部分でした。そして、彼が「なぜこんな色を」と嫌がっていた黒や茶色の暗い糸は、美しい黄金の糸や鮮やかな色彩を最も際立たせるための、計算し尽くされた「影」の役割を果たしていたのです。暗い糸がなければ、光り輝く色の美しさは決して表現できなかったことに、彼は初めて気がつきました。
「下から」見ていた時には無意味なもつれにしか見えなかったものが、「上から(作り手の視点から)」見たとき、それは欠かすことのできない完璧なデザインの一部だったのです。
3. すべてが「わたしのため」に織られた恵み
私たちの天の御父も、偉大な「刺繍の職人」です。 ヨシュア記でイスラエルの民が経験した、400年にわたる奴隷の苦しみや荒野の放浪。それは、彼らが床の上から見ていた「暗い糸」でした。しかし、神様の膝の上から見下ろしたとき、それは「神の約束は一つもたがわずに実現した」という、燦然と輝くタペストリーを完成させるための完璧な伏線だったのです。
同じように、パウロが経験した投獄や迫害、そして彼自身の「肉体のとげ(弱さ)」。それらもまた、彼という土の器を通して、キリストの福音という光を最も美しく輝かせるための「計算された暗い糸」でした。
あなたの人生も同じです。 不器用で、リズムが取れず、人前で緊張してしまい、時には挫折して歩みを止めてしまった経験。それらの「もつれた糸」や「暗い色の糸」を、神様は決して無駄になさいません。神様は今、あなたの人生というキャンバスに、あなたにしか出せない「SOUL(魂)」を織り込みながら、世界でたった一つの美しいタペストリーを縫い上げている真っ最中なのです。
「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。」(第2コリント5:17)
今はまだ、人生の裏側を見て涙を流す日があるかもしれません。しかしやがて、私たちが天に帰り、御父の温かい膝の上に抱き上げられて人生の「表側」を見たとき、私たちはきっと驚きと賛美の声を上げるはずです。「神様、あの時の悲しみも、私の不器用さも、すべてがこの美しい光を際立たせるために必要だったのですね」と。
おわりに:明日、また新しい糸が織り込まれる
今日は、温かい飲み物でも淹れて、肩の力を抜いてゆっくりと休んでください。 「自分の人生は、最高の職人である神様の御手の中で、今も美しく織り上げられている途中なのだ」という事実だけを、心の奥底で静かに味わってください。
明日から始まる第28週。聖書のページをめくるとき、それは「義務」ではなく、天の職人が見せてくれる「愛のタペストリーの続き」との出会いの時間です。「明日はどんな色の糸が織り込まれるのだろう」。そんな温かい期待と喜びに満ちて、明日、またみことばの泉へと歩み出せますように。あなたの今日という一日に、豊かな平安がありますようにお祈りしています。

