【聖書通読 第31週 7日目:ホッとひと休み】ひび割れた器を「金」で継ぎ合わせる、神様の優しい手

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【聖書通読 第31週 7日目:ホッとひと休み】ひび割れた器を「金」で継ぎ合わせる、神様の優しい手

第31週の聖書通読、本当にお疲れ様でした。

今週は、人間の底なしの罪深さと暗闇が描かれた士師記の結末から、ルツ記という温かな恵みの光へと見事な場面転換を味わいました。また新約聖書では、パウロが暗い牢獄の中から歌い上げた「揺るぎない喜び(ピリピ書)」と、宇宙のすべてを成り立たせている「キリストの圧倒的な偉大さ(コロサイ書)」に触れる、非常に内容の濃い一週間でした。

週末の今日は、たくさんの御言葉を一度胸の奥にしまい、張り詰めた心の糸をゆるめて、神様の大きなふところにすっぽりと身を委ねる安息の日です。温かいお茶でも飲みながら、ゆっくりと心を休めてください。

【エピソード】傷跡を「一番美しい場所」に変える金継ぎ(きんつぎ)

日本には古くから、「金継ぎ(きんつぎ)」という素晴らしい伝統技法があります。

大切にしていたお茶碗や器が割れてしまった時、私たちは通常「あぁ、もうダメだ。捨てよう」と諦めてしまいます。しかし金継ぎの職人は、そのバラバラになった破片を一つひとつ丁寧に拾い集め、漆(うるし)でつなぎ合わせ、最後にその割れ目に沿って美しい「金粉」を蒔いて装飾します。

金継ぎを施された器は、元の傷のない状態に戻るわけではありません。しかし、その「ひび割れの跡」が黄金に輝くことで、割れる前よりもはるかに美しく、芸術的で価値のある唯一無二の器へと生まれ変わるのです。傷跡を隠すのではなく、傷跡そのものを「最も美しい模様」に変えてしまうのが、この金継ぎの奇跡です。

聖書が描く「砕かれた人生」の回復

今週読んだ旧約聖書は、まさにこの「砕かれた器」と「金継ぎ」の物語でした。

士師記の時代、イスラエルの人々は神様から離れ、自分の正しさやプライドを主張した結果、同胞同士で争い、国全体が粉々に砕け散ってしまいました。

ルツ記のナオミもまた、異国の地で夫と息子を失い、人生がバラバラに砕かれた「空っぽの器」となってしまいました。「私を『苦しみ』と呼んでくれ」と泣いた彼女は、まさに捨てられる寸前の割れた茶碗のようでした。

しかし、神様は最高の「金継ぎ職人」です。神様は、ナオミの砕かれた人生の破片を拾い集め、ルツの「真実の愛(ヘセド)」とボアズの「圧倒的な恵み」という黄金を用いて、見事に継ぎ合わせてくださいました。その結果、ナオミの人生はただ元通りになっただけでなく、ダビデ王、そして救い主イエス・キリストへと続く、人類史上最も尊く美しい「恵みの器」へと生まれ変わったのです。

新約聖書でパウロが教えてくれたのも、同じ真理でした。

パウロは牢獄に入れられ、彼の伝道活動は世間の目には「砕かれて失敗した」ように見えました。しかしパウロは、自分の人生をつなぎ合わせているのが「キリスト」という絶対的な黄金(要石)であることを知っていました。だからこそ、鎖につながれた傷跡から、かえって福音が前進するという黄金の輝き(喜び)を放つことができたのです。

今日の神様からの奨め —— 隠していた「ひび割れ」を、職人の御手へ

私たち「普通のクリスチャン」の毎日は、決して完璧なものではありません。

家庭の中でパートナーや家族と意見がすれ違ってしまったり、職場で自分の至らなさに落ち込んだり、「もっと良いクリスチャンでありたいのに」と自分の弱さにため息をついたり。私たちの心は、日々小さな「ひび割れ」を経験しています。

そんな時、私たちはつい、自分の力(接着剤)で無理やり傷を隠そうとしたり、「割れてしまった自分にはもう価値がない」と落胆してしまいがちです。

しかし今日、神様はあなたにこう優しく語りかけておられます。

「あなたのひび割れを、無理に隠さなくていいのです。その砕かれた破片を、そのまま私のところに持ってきなさい。私がキリストの十字架の愛という黄金で、あなたを今までで一番美しく継ぎ合わせよう。」

あなたが自分の弱さを素直に認め、ありのままを神様に委ねる時、あなたの人生の傷跡は、神様の恵みが最も美しく輝く「黄金の通り道」へと変わります。

今週一週間、あなたは本当によく歩み、よく祈られました。

今日は、無理に取り繕うのをやめて、最高の職人である天のお父様の御手の中で、無防備に休んでみてください。あなたのすべてのひび割れを、神様が優しく、美しく修復してくださる豊かな週末となりますように。来週からの新しい歩みも、主の平安があなたと共にありますようお祈りしています。

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