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【聖書通読 第31週 2日目】士師記 18章・ピリピ人への手紙 1章
【旧約聖書】士師記 18章 —— 「自分だけのコンパス」がもたらす悲劇
士師記18章には、神様が本来与えようとされた計画から外れ、自分たちの力で都合よく生きようとしたダン部族の姿が描かれています。彼らは自分たちの土地を得ることができず、新しい土地を探す途中で、マイカという人が個人的に作っていた偶像(偽りの神)と、雇われの祭司を武力で奪い取ります。さらに、平和で静かに暮らしていたライシュという町を突然襲撃し、そこを自分たちの都合の良い居場所にしてしまいました。
これは、「イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行っていた」という士師記のテーマを象徴する悲しい出来事です。 航海に出る船が、正しい北を指すコンパス(神様のみこころ)を捨てて、「自分の利益」という方向しか指さない壊れたコンパスを持ったらどうなるでしょうか。必ず暗礁に乗り上げ、周囲の船(他者)を巻き込んで沈没してしまいます。自分さえ良ければ、他者の平穏を奪っても構わない。この自己中心的な心の暗闇が、士師記の終盤で浮き彫りになります。
【新約聖書】ピリピ人への手紙 1章 —— 絶望の檻の中で歌う「喜びの鳥」
一方、新約聖書のピリピ人への手紙1章を開くと、そこには旧約の暗闇とは対極にある「まばゆいばかりの光と喜び」があふれています。驚くべきことに、この手紙を書いているパウロは、自由なリゾート地にいるのではなく、ローマの暗く冷たい牢獄の中にいて、鎖につながれています。
普通なら「神様、なぜ私がこんな目に!」と不満や泣き言を書き連ねるところですが、パウロの言葉は喜びに満ちています。「私が投獄されたことで、かえって福音が前進した」「私にとって生きることはキリスト、死ぬことも益です」と高らかに宣言するのです。
ある鳥類学者が、「本当に美しい声で鳴く鳥は、明るい日差しの下ではなく、暗い布をかけられた鳥かごの中で、最も澄んだ声で歌い始めるのです」と語っていました。 パウロも同じでした。彼の自由は奪われましたが、彼の内にある「キリストの命」と「喜び」を奪うことは誰にもできませんでした。そして彼は、ピリピの教会の人々が最初の日から福音のために協力してくれていること(パートナーシップ)を心から感謝し、暗い牢獄の中から喜びの歌を歌っているのです。
今日の神様からの奨め —— 信頼できる絆と共に、良い働きの完成を信じる
今日、神様は対照的な二つの章を通して、私たちに大切なメッセージを語りかけておられます。
私たちは日々、誰かの人生に寄り添い、複雑に絡み合った課題を紐解きながら、より良い明日への道筋を立てるという尊い働きに向き合っています。時には、士師記の時代のように「自分の利益しか考えない」理不尽な人々の態度に直面し、心がすり減ることもあるでしょう。
しかし、パウロが牢獄の中で「あなた方のことを思うたびに神に感謝し、喜びをもって祈っている」と語ったように、同じ志を持つ者と共に、誰かのために祈り、支え合うことができる関係は、神様からの最高のプレゼントです。 今日、あなたの心に深く留めていただきたいのは、パウロが語ったこの力強い約束のみことばです。
「あなたがたの間で良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださる。私はそう確信しています。」(ピリピ1:6 / 新改訳2017)
すべてのことは、神様があなたの内で始められた「良い働き」です。 あなたが自分自身の力ですべてを完璧に仕上げる必要はありません。途中で予期せぬ困難があったとしても、まるでパウロの鎖が福音を前進させたように、神様はすべての出来事を益に変え、最終的な「完成」へと導いてくださいます。
今日出会う人々に、あなたの内にあるキリストの温かい光を届けながら、深い安心と喜びをもって、この一日を歩み出していきましょう。
