【聖書通読第37週 2日目】自力の失敗を覆う神の「奇跡的な介入」と、永遠の大祭司による「100%の救い」

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【聖書通読第37週 2日目】自力の失敗を覆う神の「奇跡的な介入」と、永遠の大祭司による「100%の救い」

第37週2日目は、自分の弱さから最悪の事態を招いてしまったダビデを救い出す、神様の圧倒的な恵み(第一サムエル記29章)と、私たちを「完全に」救うことができる永遠の大祭司イエス・キリストの姿(ヘブル人への手紙7章)について解説します。

【旧約聖書】第一サムエル記 29章 —— 自力で招いた「絶体絶命のピンチ」と神の介入

ダビデは長引く逃亡生活の恐怖から、神様に頼ることをやめ、人間の知恵を使って敵国ペリシテに亡命しました。しかしその結果、ダビデはとんでもない窮地に陥ります。ペリシテの王アキシュから絶大な信頼を得てしまったために、「ペリシテ軍の先陣として、同胞であるイスラエル軍と戦え」と命じられてしまったのです。
ダビデには逃げ道がありませんでした。もしイスラエルと戦えば、同胞を殺す大罪を犯し、神が選んだ「次期王」としての資格を完全に失います。逆に「戦えない」と断れば、裏切り者としてアキシュ王にその場で処刑されるでしょう。自分の不信仰(自力での解決)が招いた、まさに「詰み」の状態でした。
【例え:自分で迷い込んだ「行き止まりの路地」からの救出】
これは、ナビ(神様の導き)の電源を勝手に切り、自分の勘で怪しい抜け道に入り込んだ結果、前にも後ろにも進めなくなった車のようです。自業自得の状況に青ざめるダビデに対して、神様は「ほら見なさい、自業自得だ」と見捨てることはなさいませんでした。
神様はこの絶望的な状況に、驚くべき方法で介入されます。なんと、ペリシテの将軍たちの心に「ダビデは戦場で寝返るに違いない」という疑心暗鬼を起こさせ、アキシュ王にダビデを戦場から追い出すよう猛抗議させたのです。
ダビデは一言も言い訳せず、指一本動かすことなく、神様の絶対的な主権によって、同胞殺しという最悪の罪から無傷で救い出されました。私たちが自力で迷走し、取り返しのつかない失敗をしてしまった時でさえ、神様の恵みと介入は私たちの失敗をはるかに超えて働くのです。

【新約聖書】ヘブル人への手紙 7章 —— 生きてとりなす「永遠の大祭司」の完璧な救い

旧約聖書で「失敗する人間を一方的な恵みで救う神様」の姿を見た後、新約のヘブル人への手紙7章では、その救いを永遠に完全なものとしてくださった「大祭司イエス・キリスト」の姿が語られます。
旧約時代の祭司たちは死すべき人間であったため、次々と交代しなければなりませんでした。彼らの働きは一時的なものでした。しかし、キリストは死を打ち破って復活された「永遠に生きておられる方」です。著者はここで、福音の極みとも言える素晴らしい宣言をします。
「したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。」(ヘブル 7:25)
【例え:無限の残高ですべてを先払いした「永遠の身元保証人」】
私たちが「自分の行いで立派なクリスチャンにならなければ」と焦って自力の鎧を着込み、それでも失敗してしまった時、心の中の告発者は「お前はもう神の家にいる資格がない。出て行け」と冷たく囁きます。しかし天の聖所には、私たちに代わって立ち続けてくださる「究極の身元保証人(永遠の大祭司イエス・キリスト)」がいます。
想像してみてください。あなたが今、自分の稼ぎでは絶対に住めないような、素晴らしい王宮(神の恵みと救いの中)に住まわせてもらっているとします。
生活する中で、あなたがうっかり壁を汚してしまったり、高価な花瓶を落として割ってしまったり(日々の弱さや失敗、罪)したとします。その時、「自力で完璧に弁償しなければ、この家から追い出されてしまう!」とパニックになって、自分の乏しい財布(自力)を開く必要はありません。
なぜなら、王の息子であるイエス・キリストという身元保証人が、あなたの横に立ち、父なる神様に向かってこう宣言し続けてくださっているからです。
「お父様、この人が過去に犯したミスも、今日割ってしまった花瓶も、明日汚してしまうかもしれない壁も、その代価はすべて、私が十字架で流した血潮という『無限の残高』からすでに全額支払い済みです。だから、この人はずっとここに居て良いのです。」
大祭司であるキリストが「とりなしてくださっている」とは、まさにこの身元保証人として、神様の前であなたの身分と居場所を永遠に保障し続けてくださっている状態のことです。
あなたの住む権利(100%の救い)が途中で取り消されたりしないのは、あなたが「一度も壁を汚さない完璧な住人」だからではありません。「絶対に破産せず、決してあなたを見捨てない永遠の保証人」が、いつも神様の右の座で、あなたの失敗を完全にカバーし続けているからなのです。

今日、私が実践すべき恵みの歩み

今日、これらの御言葉から私たちが日常に適用すべきアクションは以下の通りです。
  • 「自力の失敗」の先にある、神様の介入を信頼する

    今日、自分の軽率な判断や焦りによって「取り返しがつかない」とパニックになりそうな事態に直面しても、絶望しないでください。ダビデを敵陣の真っ只中から奇跡的に救い出した神様は、あなたの失敗の背後でも必ず働いておられます。「私がなんとかしなければ」という自力のハンドルから手を離し、神様の恵みの介入にすべてをお委ねしましょう。そしてもっともっと神様に仕え神様の栄光をあらわしたいと願うように導かれるのです。
  • 「救いは揺るがない」という安息のソファーに座る

    「自分の行い次第で神様の愛が変わるかもしれない」という恐れの鎧を脱ぎ捨ててください。あなたの救いは、あなたが罪を悔い改め、イエスキリストを我が主、我が神と信仰によって受け入れた時「100%キリストのとりなし」によってすでに罪の赦し(救い)が、保証されています。

    今日、自分の弱さやふがいなさにため息が出そうになった時こそ、「それでも、大祭司キリストが私のために祈り執り成しをしてくださり、完全に救いに導いてくださった」という事実を握りしめ、恵みのソファーに深く腰を下ろしてますます神様の栄光をあらわすために歩んでいきましょう。

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