【聖書通読第36週3日目】自らの手で相手を裁く権利を放棄したダビデの決断&私たちを死の恐怖から解放するために自ら血と肉を持つ人間となられたイエス・キリストの姿
聖書通読第36週3日目は、自らの手で相手を裁く権利を放棄したダビデの決断(第一サムエル記24章)と、私たちを死の恐怖から解放するために自ら血と肉を持つ人間となられたイエス・キリストの姿(ヘブル人への手紙2章)について解説します。

この記事の目次

【旧約聖書】第一サムエル記 24章 —— 「裁きの木槌」を神様の机にお返しする

エン・ゲディの荒野の洞窟の奥深くに身を潜めていたダビデと部下たちのもとに、彼を執拗に追うサウル王が、用を足すために無防備な姿でたった一人で入ってきました。
部下たちは「今こそ神様が敵をあなたの手に渡された絶好のチャンスです!」と色めき立ちます。しかしダビデは、こっそり近づいてサウルの上着の裾を切り取ったものの、心に強い責めを感じました。そして「主に油注がれた方に手を下すことは絶対にできない」と、サウルを殺すことを固く拒みました。
ダビデは洞窟を出た後、サウルに向かって「主が私とあなたの間をさばき、主が私のためにあなたに報復されますように。しかし、私の手はあなたを下すことはしません」と宣言します。
【例え:法廷の「裁きの木槌」を手放す】
もしあなたが、自分を不当に苦しめ、人生を台無しにしようとしている相手を法廷で追い詰め、目の前に裁判官が使う「裁きの木槌(ガベル)」が置かれていたらどうするでしょうか。私たちは皆、「あんな奴は許せない、私が裁いて当然だ」と木槌を握りしめ、自分の手で力いっぱい振り下ろして報復したくなります。
しかしダビデは、自分を殺そうとする理不尽な相手を前にして、振り上げた拳を下ろし、その「裁きの木槌」を絶対的な裁判官である神様の机の上にそっとお返ししたのです。
自分が正義の執行者(神)になることをやめ、「悪に対する報復も、私自身の潔白の証明も、すべて神様の絶対的な主権にお委ねします」と降伏すること。これこそが、自力を手放し、神様に人生の王座を明け渡した者の美しい姿です。

【新約聖書】ヘブル人への手紙 2章 —— 人間と同じ「血と肉」を着た究極の救出者

旧約聖書で「裁きを神に委ねる姿」を見た後、新約のヘブル人への手紙2章では、絶対的な主権者である神の御子が、どのようにして私たちを究極の絶望から救い出してくださったのかが描かれます。
著者は、御子イエス・キリストが「天使たちよりも、少しの間、低い者となられた」、つまり私たちと同じ「血と肉(人間の身体)」を持たれた理由を明確に語ります。
それは、ご自身の「死」によって、死の力を持つ悪魔を滅ぼし、一生涯「死の恐怖」につながれて奴隷となっていた私たちを完全に解放するためでした。
【例え:王自ら防護服を着て、有毒ガスの地下室へ降りる】
私たちは皆、罪という有毒ガスが充満し、やがて死に至る真っ暗な地下室に監禁された人質でした。「いつか死んで、すべてが裁かれる」という恐怖の鎖に繋がれ、自力では絶対に脱出できませんでした。
天の王座におられるキリストは、安全な場所から「頑張って登ってきなさい」とロープを垂らすようなことはしませんでした。キリストご自身が王冠を外し、私たちと全く同じ「血と肉」という防護服を身にまとい、自らその有毒ガスが充満する地下室(この世)へと降りて来られたのです。
そして、私たちが受けるべき死の毒をすべてご自身の身に引き受け、十字架で息絶えることによって、私たちを縛っていた「死の恐怖」という鎖を完全に断ち切ってくださいました。キリストは、私たち人間の苦しみや試練を、遠くから眺めるのではなく「ご自身が苦しみを受けて試みられた」からこそ、今苦しんでいるあなたを心の底から理解し、助けることができる「あわれみ深い大祭司」なのです。

今日、私が実践すべき恵みの歩み

今日、これらの御言葉から私たちが日常に適用すべきアクションは以下の通りです。
  • 自分が握っている「裁きの木槌」を手放す
    今日、あなたを不当に扱い、理不尽な言葉を投げつける人がいるかもしれません。その時、「自分が正しいことを証明してやりたい」「相手に思い知らせてやりたい」という自己正当化の木槌を握りしめるのをやめましょう。ダビデのように「私の正しさの証明も、裁きも、すべて神様にお委ねします」と祈り、復讐の権利を放棄してください。
  • 私と同じ痛みを味わった救い主に、弱さを打ち明ける
    キリストはあなたの弱さや恐怖を「お前は信仰が足りない」と非難する方ではありません。キリストご自身が血と肉を持ち、裏切られ、孤独を味わい、極限の苦しみを経験されたからです。「主よ、私は今、人からの評価が怖くてたまりません」「疲れ果てて、どう歩んでいいか分かりません」と、あなたのその弱さをありのままに、あわれみ深い大祭司であるイエス様に注ぎ出してください。
あなたはすでに、キリストの命がけの救出劇によって、死の恐怖と罪の奴隷状態から100%完全に解放されています。今日、あなたが一番手放すのが悔しいと感じている「自分自身の正しさの証明(裁きの木槌)」は、キリストの足元に置くことができそうでしょうか。

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