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嵐の中で眠る小鳥――不安と空しさの世の中で「揺るがない平安」を手に入れる方法
私たちは皆、「心穏やかに、安心して生きたい」と願っています。
長年、生活の困難や心の痛みを抱える方々のケアに寄り添い、数え切れないほどの声に耳を傾けていると、現代人がいかに深い「不安」や「空しさ」と隣り合わせで生きているかを痛感します。
モノがあふれ、生活が便利になっても、私たちの心から「不安」が消えることはありません。では、私たちが本当に求めている「真実な平安」とは、一体どこにあるのでしょうか。
「平安」の反対にあるもの
「平安」の反対の言葉と聞いて、何を思い浮かべますか?
「戦争」や「争い」を思い浮かべるかもしれませんが、私たちの心の中にある平安の反対語は、もっと身近なものです。
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不安(恐れ): 「明日どうなるだろう」「病気になったら」「お金がなくなったら」という、見えない未来への恐れ。
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不満足(渇き): 欲しいものを手に入れたはずなのに、なぜか満たされず、常にもっと別の人や物を求めてしまう心の渇き。
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空虚(むなしさ): ふとした瞬間に襲ってくる「私の人生にはどんな意味があるのだろう」「結局、人は死んで無になるだけではないか」という空っぽな感覚。
この世の提供する「平安」は、貯金がたくさんあることや、健康であること、人間関係が良好であることなど、「状況が良いこと」に依存しています。しかし、状況はいつ崩れるか分かりません。状況に依存した平安は、ガラス細工のように脆く、常に「いつか壊れるかもしれない」という不安と背中合わせなのです。
ある画家の描いた「二つの平安」
本当の平安、つまり「絶対的で揺るがない平安」とはどのようなものか。それを美しく表した、ある有名なエピソードがあります。
ある国の王様が、「平安(Peace)」というテーマで最も素晴らしい絵を描いた画家に賞を与えると発表しました。多くの画家が腕を競い、最終的に二つの絵が残りました。
一枚目の絵は、風一つない穏やかな湖を描いたものでした。鏡のような水面には、青い空と美しい山々が映り込み、見るからに静かで平和な風景でした。誰もが「これこそ平安だ」と思いました。
二枚目の絵は、まったく違いました。ゴツゴツとした険しい岩山が描かれ、空は暗い雨雲に覆われ、激しい稲妻が光っていました。岩山の横には、轟音を立てて流れ落ちる荒々しい滝がありました。
「なぜこれが平安なのだ?」と人々は不思議に思いました。
しかし、王様がその絵の岩山をよく見ると、滝の裏側にある岩の裂け目に、小さな鳥の巣があったのです。激しい嵐と滝の轟音のすぐそばで、母鳥は巣の中に座り、ヒナを抱いて目を閉じ、ぐっすりと安らかに眠っていました。
王様は、迷わず二枚目の絵を選びました。
「平安とは、トラブルや騒音、困難が全くない場所にあるのではない。嵐のように激しい困難の真ん中にあっても、心が完全に守られ、静まり返っていること。これこそが真実な平安である」と語ったのです。
聖書が約束する「揺るがない平安」
この世の平安は「嵐が来ないこと(湖の絵)」を求めます。しかし、生きている限り嵐(病気、別れ、失敗)は必ずやって来ます。
イエス・キリストという方は、聖書の中でこう約束されました。
「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がせてはなりません。恐れてはなりません。」
(ヨハネの福音書 14章27節)
キリストが与える平安は、世の中が与える「条件付きの安心」とは違います。それは、先ほどの絵の「嵐の中で眠る小鳥」のような、絶対的な平安です。
なぜ、そんなことが可能なのでしょうか?
それは、私たちの心に空いた「空虚」という穴は、創造主である神様ご自身の愛によってしか埋めることができないからです。親とはぐれた迷子が、どんなにおもちゃやお菓子(お金や地位)を与えられても泣き止まず、お母さんの腕の中に抱きしめられた瞬間にスッと安心して眠りにつくのと同じです。
絶対的な平安を手に入れるには
では、どうすればこの平安を手に入れることができるのでしょうか。特別な修行や、立派な人間になるための努力は必要ありません。
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心の渇きを認める: まず、「自分の力や、この世のものでは心を本当に満たすことはできない」と、自分の限界と弱さを素直に認めることです。
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源へ帰る: 私たちを造り、愛しておられる神様のもとへ心の手を伸ばすことです。イエス・キリストは、私たちが神様のもとへ帰る道を阻んでいた「罪(自己中心的な心)」を身代わりに背負い、十字架にかかってくださいました。
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ただ、受け取る: 「神様、私にはあなたの平安が必要です。私の心に来てください」と、短い祈りをもって心を開くとき、神様はあなたの心の岩の裂け目に、決して崩れることのない「愛という巣」を作ってくださいます。
世の中はこれからも揺れ動き、人生の嵐は突然やってくるかもしれません。しかし、あなたを全能の神様が力強い御手で抱きしめてくださる時、環境がどうであれ、あなたの心の奥底から「すべては大丈夫だ」という揺るがない平安が湧き上がってきます。
この真実な平安は、今、これを読んでいるあなたのためにも用意されています。どうか、ご自身の心でこの温かい平安に触れてみてください。


