【聖書通読 第30週 2日目】内なる「誇り」が招く悲劇と、天地創造の前から「選ばれていた」恵み

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【聖書通読 第30週 2日目】内なる「誇り」が招く悲劇と、天地創造の前から「選ばれていた」恵み

士師記12章からは、外の敵に勝っても内なる「プライド」によって仲間を傷つけてしまう人間の悲しい現実を学びます。一方、エペソ書1章からは、私たちクリスチャンが何かをする前から神様に愛され選ばれていたという「究極の安心感」を味わいます。心の目を天に向け、豊かな祝福を受け取る一日です。

【旧約】士師記 12章:ささいな違いで仲間を裁く「プライドの罠」

エフタがアンモン人との戦いに大勝利を収めた後、同じイスラエルのエフライム族が文句を言ってきました。「なぜ戦いに行くとき、俺たちを呼ばなかったのか!」 以前、ギデオンも同じように彼らから文句を言われましたが、その時はギデオンが「あなたたちの方が素晴らしい」と彼らのプライドをくすぐってなだめました。しかし、心に傷を抱えていた不器用なエフタは激怒し、なんと同胞同士の凄惨な内戦へと発展してしまいます。
ヨルダン川の渡し場で、エフタの軍勢は逃げるエフライム人を見つけ出すため、「シボレテ」と言わせて発音をテストしました。(エフライム人はなまって「スィボレテ」としか発音できなかったのです)。このささいな発音の違いによって、4万2千人もの同胞が命を落とす大悲劇となりました。
私たちは時として、外側の大きな困難(敵)を乗り越えた後に、身内や仲間との間でトラブルを起こしてしまうことがあります。「なぜ私を評価してくれないのか」「私のやり方と違う」という小さなプライドや見栄が、シボレテの発音テストのように、相手を厳しく裁く刃(やいば)に変わってしまうのです。 本当に恐ろしい敵は、外の困難ではなく、私たちの内側にある「高慢さ」や「自分を認めてほしいという承認欲求」です。神様が求めているのは、自分の正しさを主張して相手を打ち負かすことではなく、違いを受け入れ、赦し合う柔和な心なのです。

【新約】エペソ 1章:あなたが生まれる前から用意されていた「最高の席」

パウロはエペソ書の冒頭で、私たちがどれほど神様に愛され、素晴らしい祝福を受けているかを、あふれんばかりの喜びをもって語ります。
「神は、世界の基が据えられる前から、この方(キリスト)にあって私たちを選び……ご自分の子どもにしようと、あらかじめ定めておられました。」(エペソ 1:4-5)
私たちが神様に選ばれたのは、私たちが良い行いをしたからでも、立派な信仰を持っていたからでもありません。「世界の基が据えられる前」、つまりあなたが生まれるずっと前から、神様は「あなた」という存在を愛し、ご自分の子どもとして天国に迎え入れることを決めておられたのです。
ある孤児院に、一人の少女がいました。彼女は「誰も私をもらってくれない」といつも隅で泣いていました。ある日、優しい夫婦が彼女を養女として迎えに来ました。新しい家に着くと、そこには彼女の名前が刺繍された美しいベッドと、たくさんの服が用意されていました。 驚く少女に、新しいお母さんはこう言いました。 「私たちは、何年も前からあなたを迎え入れる準備をしていたのよ。あなたがここで幸せに暮らすこと、それが私たちのずっと前からの夢だったの。」
エペソ書が教えているのは、まさにこの圧倒的な愛です。天のお父様は、あなたが生まれる前から、あなたのために「神の子ども」という最高の特権と、あふれるほどの祝福を用意して待っておられました。私たちの価値は、誰かからの評価や自分の努力で決まるのではありません。天地を造られた神様ご自身が「あなたは私の大切な子どもだ」と、確かな愛の印(聖霊)を押してくださっているのです。

今日の神様からの奨め

今日、もし誰かの言葉や、自分と違うやり方に心がザワザワして、「自分の正しさ」を主張したくなった時は、深く息を吸って、その小さなプライドを手放してみましょう。私たちは、他人を打ち負かすことで自分の価値を証明する必要はありません。
なぜなら、あなたはすでに「世界の基が据えられる前から」、神様の完全な愛によって選ばれ、最高に価値ある存在として祝福されているからです。今日一日、「心の目」を高く天に向け、あなたに注がれている数え切れないほどの霊的祝福を数えながら、深い安心感の中で歩む素晴らしい一日となりますように。

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