【メッセージ】巨匠の御手が触れるとき――神様の尊い楽器として新しくされる人生

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【メッセージ】巨匠の御手が触れるとき――神様の尊い楽器として新しくされる人生

マイラ・ブルックス・ウェルチの名詩『The Touch of the Master's Hand(巨匠の手のふれ)』は、古ぼけたバイオリンが、名手の手に渡った瞬間に計り知れない価値を放つという美しい物語を通して、神様と私たち人間の関係を鮮やかに描き出しています。

この詩に秘められた深い意味を、聖書の視点から紐解いていきましょう。

傷ついた古びたバイオリンと、私たちの人生

詩の冒頭に登場するバイオリンは、傷だらけで弦も緩み、ほこりをかぶっています。それは、厳しい人生の波風に揉まれ、傷つき、疲れ果ててしまった私たちの姿そのものです。

世間の評価という「オークション」

オークション会場に集まった人々は、その古びたバイオリンを見て「こんなものには価値がない」「たったの3ドルだ」と冷ややかな評価を下します。

現代社会もまた、目に見える能力、若さ、実績、失敗の有無といった「外側の条件」で人間の価値を値踏みするオークション会場のような場所です。「人間はうわべを見るが、主は心を見る」(第一サムエル16:7)とあるように、世間の冷たい基準にさらされる時、私たちは「自分にはもう生きる価値も、誰かの役に立つ力もない」と深く絶望してしまいます。

罪と傷にまみれた「土の器」

聖書は、私たち人間を「土の器」に例えています。元々は神様によって美しく造られた存在ですが、日々の生活の中での失敗、罪、人間関係の摩擦によって、私たちの心という楽器は傷つき、本来の美しい音色を失ってしまいます。自分自身の力では、緩んだ弦を元通りに張り直すことも、ほこりを払うこともできず、ただ見捨てられるのを待つしかないような無力な状態に陥ることがあるのです。

巨匠(マスター)の御手が触れるとき

「3ドル」で叩き売られそうになったその時、白髪の巨匠(マスター)が静かに進み出ます。神様は、世間が見捨てたもの、私たちが「もうダメだ」と諦めたその場所に、あわれみをもって近づいてくださる方です。

ほこりを払い、弦を合わせる「神の愛」

マスターは、バイオリンを乱暴に扱うことはしませんでした。優しくほこりを払い、緩んだ弦をピタリと合わせます。

イエス・キリストの十字架の愛もまさにこれと同じです。神様は、私たちの過去の罪や失敗という「ほこり」をキリストの血潮によって完全に洗い清めてくださいます。そして、バラバラになっていた私たちの心や生活の「弦」を、御言葉と聖霊の働きによって、もう一度、神様の御心という正しい音程へと優しくチューニング(回復)してくださるのです。

眠っていた本来の価値が引き出される

マスターが弓を引いた瞬間、誰も想像しなかったような天上の音楽が響き渡り、バイオリンの価値は3ドルから3000ドルへと跳ね上がりました。

私たちの本当の価値は、「私たちが何を持っているか」や「どれだけ立派か」によって決まるのではありません。「誰の手の中にあるか」で決まるのです。パウロが「私たちは神の作品(最高傑作)であって……」(エペソ2:10)と語るように、創造主である神様の御手があなたに触れる時、あなたの中に眠っていた神の形(本来の価値)が息を吹き返し、世界でたった一つの尊い存在としての輝きを取り戻します。

神様の素晴らしい「楽器」として用いられる恵み

神様が私たちを癒やし、新しくしてくださるのは、単に「骨董品として綺麗に飾っておくため」ではありません。再びご自身の力強い御手で奏で、誰かのために「美しい恵みの音楽」を響かせるためです。

ご自身の栄光を奏でるための選び

聖書は、「神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれた」(第一コリント1:27)と語ります。

神様はあえて、完璧な黄金の楽器ではなく、かつて傷ついていた「土の器(古びたバイオリン)」を選ばれます。なぜなら、不器用で傷を知る者が、神様の力によって立ち上がり、誰かに愛を語る時、そこには人間の強がりではない「神様ご自身の圧倒的な恵みの音色」が響き渡るからです。あなたの過去の痛みも、拭いきれない弱さも、マスターの御手にかかれば、傷ついた他者の心を最も深く慰めるための「美しい音色(証し)」へと変わります。

マスターにすべてを委ねる生き方

バイオリンは、自分自身で音を鳴らすことはできません。ただ、マスターの手に身を任せるだけです。

私たちも同じです。自分の力で立派なメロディを奏でようと焦る必要はありません。ただ、「神様、私のすべてをあなたにお委ねします。今日、あなたの御手で私を奏でてください」と祈り、その導きに身を任せることです。「あなたがたのからだを、義の器として神にささげなさい」(ローマ6:13)という御言葉の通り、自分自身を明け渡す時、神様はあなたという楽器を用いて、あなたの周囲に愛と希望のメロディを豊かに響かせてくださいます。

マスターの御手は、今もあなたの上にあります。あなたの人生は、決して無価値ではありません。神様の手の中で、今日も世界に一つだけの美しい恵みの音色を奏で続けているのです。


 

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