➁【祈りの秘訣6回シリーズ序章】ハドソン・テーラー
前回ご紹介したジョージ・ミュラーが「祈りによって孤児を養う」という奇跡をイギリスの地で見せたなら、今回ご紹介するハドソン・テーラーは、その祈りの力を携えて、当時「宣教の墓場」とも呼ばれた巨大な中国大陸へと飛び込んだ人物です。

この記事の目次

➁【信仰で歩み神様だけを信頼して祈り続けた信仰者】ハドソン・テーラー

タイトル:「中国の奥地へ、手ぶらで飛び込んだ祈りの勇者」ハドソン・テーラー:預金残高ではなく『神の真実』を握りしめた男
19世紀、キリスト教の伝道が及んでいなかった中国の広大な内地。そこへ「人間には一切頼らず、神様だけに必要を告げる」というミュラー譲りの信仰で挑んだのがハドソン・テーラーです。彼が創設した「中国内地宣教団(CIM)」は、世界宣教の歴史を塗り替えました。
自分の弱さを徹底的に認め、キリストの命に寄りかかる「交換された命」の奥義 ※1(次の記事で詳しく説明)を掴んだ彼の生涯は、現代の枯れ果てた私たちの魂に、再び「信頼の火」を灯してくれます。

はじめに:一通の「宛先のない」手紙から始まった召命

1832年、イギリスの薬剤師の家に生まれたハドソン・テーラー。
彼は幼い頃から父の仕事を手伝い、薬の知識を身につけましたが、その心には常に一つの叫びがありました。
「中国の数億の人々が、一度も福音を聞かずに滅んでいく……。誰かが行かなければならない。」
当時の中国伝道は、海岸沿いの安全な居留地に留まるのが常識でした。言葉も通じず、排他的で危険な「内地(奥地)」へ行くなど、正気の沙汰ではないと思われていたのです
しかし、テーラーは17歳で劇的な回心を経験し、21歳で単身中国へと旅立ちます。
彼の手荷物はわずかでしたが、その胸には「神様は決して約束を破らない」という、岩のような確信だけが詰まっていました。

1. 「荒野のトレーニング」:イギリスでの予行演習

テーラーがいきなり中国で奇跡を起こせたわけではありません。彼は出発前、イギリスにいる時から自分を「過酷なテスト」にかけました。
もし私がイギリスで、目に見える人間に頼らずに神様の助けだけで過ごせないなら、中国の奥地で誰にも頼らずに生きていくことなど到底できないだろう」と考えたのです。
彼は、貧民街で働きながら、あえて雇い主に「給料をください」と催促しない訓練をしました。
ある時、家賃の支払期限が迫り、手元には最後の一枚の硬貨しかありませんでした。その時、貧しい家庭から「妻が死にそうだ」と助けを求められます。テーラーは葛藤しました。これをあげてしまったら、自分は路頭に迷う……。
しかし、彼はその硬貨を差し出し、神様にすべてを委ねました。すると翌朝、差出人不明の封筒が届き、中には家賃を払って余りあるほどの金貨が入っていたのです。
「神様は、イギリスでも、中国でも、同じ神様だ!」
この確信こそが、彼を中国へ押し出すエンジンとなりました

2. 「チャイナ・ドレス」を着た宣教師:常識を打ち破る愛

1854年、上海に到着したテーラーを待っていたのは、想像を絶する困難でした。内乱、疫病、そして外国人への激しい敵意。他の宣教師たちが西洋風の暮らしを守る中で、テーラーは周囲の猛反対を押し切り、ある「決断」をします。
彼は、イギリス人の服を脱ぎ捨て、中国人の服を着、髪を編み上げ(辮髪)、中国人のように暮らすことを選んだのです
中国人を救うためには、私は中国人にならなければならない。
この謙虚な姿勢が、閉ざされていた中国人の心を開き始めました。彼は医学の知識を使い、無償で人々を治療しながら、泥にまみれて奥地へと歩みを進めました。
お金がなくなれば祈り、
道が塞がれば祈り、
病になれば祈る。
彼の足跡は、そのまま「祈りの答えの地図」となっていったのです。

3. 中国内地宣教団(CIM)の誕生:神の財布を信頼する

1865年、彼は「中国内地宣教団(CIM)」を設立します。この団体の規則は、当時のキリスト教界を震撼させました。
  • 特定の宗派に属さない。
  • 人間に寄付を募らない。
  • 学歴よりも、聖霊に満たされた人物を重んじる。
テーラーは言いました。
「神の御志にかなう神の業は、神の方法で行われる限り、決して資金不足に陥ることはない。」
ある時、宣教団の資金が底をつき、数十人の宣教師たちの生活が危ぶまれました。テーラーは仲間たちを集め、通帳を見せる代わりに「神様の約束」を読み上げました
その数日後、イギリスから全く予期せぬ巨額の遺産寄付が届きます。それは、宣教師全員が必要としていた金額と、一ペニーの狂いもなく一致していました。

4. 霊的転機:「交換された命(エクスチェンジド・ライフ)」

しかし、そんなテーラーも、あまりの重責に心が折れそうになった時期があります。
「もっと信じなければ」「もっと聖くならなければ」と努力するほどに、自分の中の不信仰や怒りに絶望したのです
1869年、彼は友人からの手紙を読んでいる時、人生最大の霊的発見をします。
「信仰とは、自分の力で頑張って信じることではない。枝がぶどうの木につながっているように、キリストという完璧な源にただ安らぐことなのだ」と。
彼は叫びました。ああ、もう頑張らなくていいんだ! 私の小さな信仰ではなく、私の中におられるキリストの完全な信仰で歩めばいいんだ!
この交換された命」の奥義を掴んだ瞬間から、彼の顔からは不安が消え、どんな嵐の中でも鼻歌を歌いながら祈る「安息の勇者」へと変貌しました。

5. 遺された遺産:10億の魂への希望

ハドソン・テーラーが1905年に長沙(湖南省)で天に召されたとき、彼が創設したCIMは、中国全土に800人以上の宣教師を送り出し、12万人以上の中国人がキリストを信じるに至っていました。
彼は死の直前まで、中国の地図を広げて祈っていました。
彼が遺したものは、立派な建物でも、莫大な銀行残高でもありません。「神様は、一人の人間が神様を100%信頼するなら、その人を通して国家を変えることができる」という生きた証しでした。

おわりに:あなたの「内地」はどこですか?

ハドソン・テーラーの生涯は、私たちに問いかけます。
あなたの目の前にある、不可能に見える山は何ですか?
あなたが人間に頼るのをやめて、神様にだけ寄りかかったら、何が起こるでしょうか?
彼は特別な天才ではありませんでした。ただ、「神様の誠実さを、銀行の小切手よりもリアルに信じた」一人の弱き人間でした。
来週から始まる【祈りの秘訣6回シリーズ】では、ジョージ・ミュラーとハドソン・テーラーが共通して持っていた「祈りの秘訣」を、さらに深く、具体的に解き明かしていきます。
あなたの「奥地(困難)」が、神様の栄光が現れる「聖所」へと変わる旅に、一緒に出かけましょう。
【最重要】ジョージ・ミュラーとハドソン・テーラーの二人の信仰による祈りを目の当たりにして、わたしはダメだ。わたしは二人とは違う。わたしはこのようにはなれない。って思うのなら絶対に次回から始まる【祈りの秘訣6回シリーズ】を読んで下さることをお勧めします。二人の信仰に立つ祈りの秘訣を!

次回予告:第1回【御言葉を『食べて』祈る:確信の源泉は聖書にある】。自分の願いを並べる前に、彼らが必ずしていた「魂の食事」のフォームを伝授します。

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