【聖書通読 第29週 1日目】勝利の賛美と、自らを吟味する信仰の決算

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【聖書通読 第29週 1日目】勝利の賛美と、自らを吟味する信仰の決算

士師記5章からは、傍観者ではなく神様のみわざに「参加する者」に与えられるあふれる喜びを。そして第二コリント13章からは、他人の欠点を探す目を自分自身に向け直す大切さを学びます。一週間の始まりに、心を整え、神様の豊かな恵みに包まれるためのメッセージです。

1. 傍観者ではなく、喜びを分かち合う「参加者」へ

(通読箇所:士師記 5章)

士師記5章は、「デボラとバラクの歌」と呼ばれる、聖書の中でも非常に古く力強い賛美の詩です。前章で、圧倒的な力を持つカナンの軍隊を奇跡的に打ち破った勝利を振り返り、神様の偉大な力と、命がけで戦いに志願した民の勇気をほめたたえています。
この詩の中で非常に興味深いのは、神様のために進んで身を捧げた部族が称賛される一方で、自分たちの利益や安全を優先して「戦いに参加せず傍観していた部族」が厳しく批判されている点です。
これを、私たちの日常に置き換えて想像してみてください。 ある大雨の日の町で、中型のマイクロバスが、ぬかるみにはまって動けなくなってしまいました。雨が降る中、泥だらけになりながら必死に車を押す何人もの人たちがいました。一方で、傘をさして安全な歩道から「ああ、もっと右を押さないとダメだよ」「泥が跳ねるから近寄らないでおこう」と、ただ見ているだけの人たちもいます。
やがて、みんなの力が合わさり、マイクロバスがぬかるみから抜け出した瞬間、泥だらけになって押していた人たちは、涙を流してハイタッチをし、抱き合って最高の喜びを分かち合いました。しかし、歩道で見ていた「傍観者」たちは、その深い感動を一緒に味わうことはできません。ただ「ああ、動いてよかったね」と呟いて帰るだけだったのです。
神様は、私たちに奉仕や献身を「無理やり」強制することはなさいません。しかし、神様のみわざという「ぬかるみにはまった車」を一緒に押し、喜んで参加する者を豊かに祝福し、その名を歴史に刻んでくださいます。汗を流し、時には泥だらけになるかもしれませんが、神様と共に働く者にしか味わえない「圧倒的な勝利の賛美」がそこには待っているのです。

2. 窓ガラスの汚れと、心を映す「鏡」

(通読箇所:第二コリント 13章)

パウロは、コリント教会への手紙を締めくくるにあたり、こう語りかけます。
「あなたがたは信仰に立っているかどうか、自分自身を試し、吟味しなさい。」
私たちは、他人の信仰の欠点や教会の問題点には驚くほどよく気がつきますが、自分自身の内側を点検することは忘れがちです。このパウロの言葉を理解するために、ある若い夫婦のエピソードをご紹介します。
ある朝、若い妻が自宅の窓から外を眺めていると、向かいの家の奥さんが庭に洗濯物を干していました。それを見た妻は、夫に言いました。 「ねえ、見て。あの家の洗濯物、全然きれいになっていないわ。きっと洗剤の選び方を知らないのね。誰か洗い方を教えてあげればいいのに」 夫は新聞から顔を上げず、ただ黙っていました。
それから数日後、妻はまた窓の外を見て驚き、声を上げました。 「あら! 今日の向かいの家の洗濯物、真っ白でとっても綺麗よ! ついに誰かが正しい洗い方を教えてあげたのね!」 すると、夫は微笑みながら静かにこう言いました。 「実はね、今朝は僕が少し早起きして、うちの窓ガラスを綺麗に拭いておいたんだよ」
妻が見ていた「他人の汚れ」は、実は自分の家の「窓ガラスの汚れ」でした。
パウロが言いたかったのも、まさにこのことです。私たちが「あの人は愛が足りない」「この教会は問題だらけだ」と批判的になっている時、実は私たち自身の「心の窓ガラス」が曇っていることがよくあります。 他人を裁く目を一旦止め、その窓を「鏡」に変えて自分自身を見つめ直すこと。「私の内側に、キリストの愛は豊かに生きているだろうか?」と静かに吟味する「心の窓拭き」の時間を持つようにと、パウロは愛を込めて勧めているのです

3. 今日の神様からの奨め

パウロは、コリントの人々を裁いたり、落ち込ませたりするために「自分を吟味しなさい」と言ったのではありません。彼らが曇りのない窓を通して神様の光をたっぷりと受け、「成熟した者」となることを心から祈っていたからです。
だからこそ、パウロはこの手紙の最後に、私たちが今も毎週の礼拝で聞く、あの最高の祝祷を書き記しました。 「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。」
今日、あなたがこれまでの人生で神様からいただいた勝利や守りを思い起こし、泥だらけになりながらも共に歩んでくださった神様に、デボラのように心からの賛美を捧げてみましょう。 そして、もし誰かの欠点が気になって心がザワザワした時は、批判の言葉を口にする前に、まず自分の心の窓を優しく拭き上げる時間を持ってみてください。
きれいに澄み渡ったあなたの心に、神様の愛と聖霊の温かい交わりが、今日も豊かな陽だまりのように優しく降り注ぎますように。

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