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聖書通読第14週 3日目 人と比べずに主を見上げ、いのちのパンで満たされる(民数記12章/ヨハネ6章)
民数記12章 / ヨハネ6章
人と比べず主を見上げ、いのちのパンで満たされる
民数記12章とヨハネ6章には、心の向きに関する大切な教えがあります。 民数記12章では、人と比べることから生まれる不満やつぶやきが描かれています。 一方、ヨハネ6章では、イエス様が「わたしはいのちのパンです」と語られ、たましいの飢えを満たすお方であることが示されます。
この二つの章を一緒に読むと、私たちの心は、人を見ていると乱れやすく、主を見上げる時に本当の満たしを得るということが見えてきます。
民数記12章の解説
比べる心は、不満とつぶやきを生みやすい
民数記12章では、ミリアムとアロンがモーセについて不満を持ち、つぶやきます。 表面的にはモーセの結婚のことがきっかけのように見えますが、その奥にはもっと深いものがありました。
彼らはこう言いました。 「主はただモーセとだけ語られたのだろうか。私たちとも語られたのではないか。」
ここには、「なぜモーセばかりが特別なのか」という心が見えます。 つまり、比較の心です。 人と比べる時、心はすぐに不満を抱きます。 自分が軽く扱われているように感じたり、相手ばかり恵まれているように見えたりします。
でも神様は、モーセが特別な仕方で用いられていることをはっきり示されました。 それは、モーセが偉そうだったからではなく、神様ご自身がそのように立てておられたからです。
ここで大切なのは、神様のなさることに対して、人が勝手に不満を持つ危うさです。 神様は一人ひとりに違った賜物と役割を与えておられます。 それなのに、他の人の役割ばかりを見ていると、自分に与えられた恵みが見えなくなってしまいます。
またこの章で美しいのは、ミリアムが打たれた時、モーセが彼女のために祈ったことです。 批判されたモーセが、仕返しをするのではなく、とりなしたのです。 ここに、神様に用いられる人のへりくだりが見えます。
ヨハネ6章の解説
イエス様はいのちのパンとして、たましいを満たしてくださる
ヨハネ6章では、まず五千人の給食が記されています。 わずかなパンと魚が、イエス様の手にある時に、多くの人を満たしました。 主は、目の前の必要をご存じで、それを満たすことのできるお方です。
さらにこの章では、イエス様が湖の上を歩かれる場面もあります。 弟子たちが恐れている中で、主は「わたしだ。恐れることはない」と語られました。 ここにも、主が恐れの中にいる者に近づいてくださる恵みがあります。
そしてこの章の中心は、イエス様がこう語られるところです。
「わたしはいのちのパンです。」
人はお腹が空けば食べ物を必要とします。 それと同じように、たましいにも飢えがあります。 愛されたい。 安心したい。 意味を知りたい。 本当に満たされたい。 でもこの世のものは、一時的には心を紛らわせても、たましいの深い飢えまでは満たせません。
イエス様は、ただパンを増やす奇跡をされた方ではありません。 たましいそのものを養うお方です。 主のもとに行く時、人は本当のいのちを受け取ります。
多くの人は、奇跡には関心を持っても、イエス様ご自身を求めようとはしませんでした。 でも主が与えたいのは、一時的な満足よりも、もっと深いものです。 それは、キリストご自身によるいのちです。
神様が喜ばれること
人を見上げるのでなく、主を見上げること
神様が喜ばれるのは、私たちが人と比べて心を乱すのではなく、主を見上げることです。 だれかの働き、だれかの祝福、だれかの立場を見て不満を抱くのではなく、 「主よ、あなたが私に与えてくださった場所で忠実に歩ませてください」と祈る心を神様は喜ばれます。
また神様が喜ばれるのは、私たちがイエス様を本当に必要なお方として求めることです。
パンだけ、助けだけ、祝福だけを求めるのではなく、 「主よ、あなたご自身が必要です」と近づくことを、神様は喜ばれます。
神様が望んでおられること
自分に与えられた恵みを大切にし、キリストに満たされること
神様が望んでおられるのは、私たちが他の人の役割をうらやむのではなく、自分に与えられた恵みを大切にすることです。 あなたにはあなたの場所があり、あなたにしかできない従い方があります。 そこに神様のご計画があります。
そして神様が望んでおられるのは、私たちがイエス様によってたましいを満たしていただくことです。 この世のパンでは足りない飢えを、主ご自身によって満たしていただくことです。 人と比べて心が乾くのではなく、キリストのもとで満たされることを神様は望んでおられます。
まとめ
民数記12章は、人と比べる心が不満やつぶやきを生み出すことを教えています。 ヨハネ6章は、イエス様がたましいの飢えを満たすいのちのパンであることを教えています。
今日、私たちは覚えたいのです。
人を見て心を乱すのではなく、主を見上げよう。
この世のものに満たしを求め続けるのではなく、いのちのパンであるイエス様のもとに行こう。
主は、あなたに必要なものをご存じです。 そして主は、あなたのたましいを本当に満たすことがおできになるお方です。 だから今日も、比べる心を主にゆだね、イエス様によって満たされる歩みを大切にしたいと思います。

