【ちょっと一休み】未完の建築物「サグラダ・ファミリア(聖家族教会)」の天才建築家、アントニ・ガウディの生涯と信仰

今週の「ちょっと一休み」では、世界で最も有名な未完の建築物「サグラダ・ファミリア(聖家族教会)」を手がけたスペインの天才建築家、アントニ・ガウディの生涯と信仰をご紹介します。

「神の建築家」と呼ばれた彼の人生には、私たちが信仰の道を歩む上で励ましとなる、エピソードが満ち溢れています。ガウディがいかにして神を愛し、隣人を愛し、そして途方もない建築に向き合ったのか。その数奇で美しい生涯をたどっていきましょう。


この記事の目次

1. 病弱な少年が見つけた「神の書物」

1852年、スペインのカタルーニャ地方に生まれたガウディ。のちに天才的な才能を発揮し、世界遺産となる建築を次々と生み出す彼ですが、幼い頃は重いリウマチを患う病弱な少年でした。

同年代の子供たちのように外で元気に走り回ることができなかったガウディは、杖をつきながらゆっくりと歩き、その代わりにじっと「自然」を観察するようになります。草花の形、カタツムリの殻の螺旋、樹木の枝分かれ、動物の骨格……。彼は自然界に隠された驚くべき美しさと機能性に魅了されていきました。

のちにガウディはこう語っています。

「すべては偉大な自然の書物から生まれる。そして、その書物を書かれたのは神である」

彼が設計した建築物に「直線」がほとんど存在しないのは、「神が創られた自然界には直線が存在しないから」だそうです。病によって行動を制限された孤独な少年時代は、実は神様が創造された世界という「最高の教科書」をじっくり読み解き、神の御手に触れるための特別な準備期間だったのです。

2. 「石の聖書」サグラダ・ファミリアへの召命

ガウディがサグラダ・ファミリアの2代目建築責任者に大抜擢されたのは、わずか31歳の時でした。当初の彼は、実業家たちと交流し、身なりにも気を使う野心的な青年でした。しかし、この壮大な教会の建設に関わる中で、彼の内面は少しずつ、しかし決定的に変えられていきます。

彼はサグラダ・ファミリアを、文字が読めない人でも目で見て神様の愛がわかる「石の聖書」にしようと決意しました。キリストの降誕から受難、そして復活までの物語を、無数の彫刻で教会の壁面に刻み込んでいったのです。驚くべきことに、彫刻のモデルにはプロの芸術家ではなく、現場で働く職人たちや近所の住人、さらには街にいる動物たちを採用しました。それは「神の恵みは、ごく普通の身近な人々にこそ注がれている」という彼の信仰の表れでした。

信仰が深まるにつれ、ガウディは世俗的な成功や富への関心を完全に失っていきます。四旬節(復活祭前の期間)には自らを清めるために40日間の断食祈祷を行い、危うく命を落としかけたこともありました。彼は自らの仕事を単なる建築や芸術ではなく、「神への祈りそのもの」へと昇華させていったのです。

3. 労働者への愛と、すべてを捧げた献身

ガウディの信仰は、壮大な芸術という形にとどまらず、人々への具体的な「愛の行動」として現れました。

教会の建設現場に、彼はひとつの小さな建物を建てました。それは教会そのものではなく、「労働者の子どもたちのための学校」でした。建設現場で汗水流して働く職人たちには、貧しさゆえに子どもを学校に通わせる余裕がない者が多くいました。ガウディは彼らのために、美しい波打つ屋根を持つ学校を設計し、無償で教育を受けられるようにしたのです。

また、晩年のガウディは、教会の建設資金が底をつくと自らの財産をすべてつぎ込み、さらには自ら街頭に立って道行く人に寄付を募るようになりました。教会の完成だけを願い、自らの食事や服装にはまったく無頓着になった彼の姿は、まるでみすぼらしい浮浪者のようでした。しかし、彼の眼差しは常に天に向けられ、希望に満ちていたと言われています。

4. 貧しき者としての最期と「アーメン

1926年6月7日。73歳になっていたガウディは、毎日の日課であった教会での祈りに向かう途中、不運にも路面電車にはねられてしまいます。あまりにもみすぼらしい身なりだったため、誰も彼が「あの偉大な天才建築家・ガウディ」だとは気づきませんでした。

数台のタクシーに手当てや乗車を拒否され、ようやく運ばれたのは、身元不明者や貧困者のための「サンタ・クルス病院」でした。翌日、ようやく彼を探し当てた友人や関係者たちが、設備の整った立派な私立病院へ移そうと説得にあたりました。しかし、ガウディはそれを静かに拒んでこう言いました。

「私の居場所は、ここにいる貧しい人々の中にある」

それから数日後、彼は「アーメン」という最期の言葉を残して、天の御国へと旅立ちました。富も名声も捨て、イエス・キリストがそうであったように貧しき者として生き抜いた生涯でした。彼が亡くなった日、バルセロナ中の人々がその死を悼み、数万人もの群衆が涙ながらに葬列を見送ったと言われています。

5. 「私のクライアント(神様)は急いでおられない」

生前、「いつになったらこの教会は完成するのですか?」と心無い言葉で尋ねる人々に、ガウディはいつも穏やかな笑顔でこう答えていました。

「私のクライアント(神様)は、急いでおられないのです」

彼は、自分の生きている間にサグラダ・ファミリアが決して完成しないことを知っていました。しかし、全く焦ることはありませんでした。なぜなら、自分が設計しているのは人間の名誉のための建物ではなく、永遠の時を支配される神様のためのものだとわかっていたからです。

彼は後継者たちのために詳細な模型や幾何学的なルールを残し、その「祈りのバトン」を未来へと託しました。ガウディの死から約100年が経とうとしている現在も、彼が遺したそのバトンを受け取った世界中の職人たち(日本人彫刻家の外尾悦郎氏もその一人です)によって、教会の建設は今日も続けられています。


おわりに:私たちの人生も、神様との共同作業

ガウディの人生は、神様にすべてを委ね、永遠というスケールの中で、今日自分にできる「一つの石を積むこと」に忠実であり続けた歩みでした。

第20週まで聖書通読を続けてこられた皆様も、日々の生活の中で「なかなか信仰が成長していないのではないか」「聖書の言葉がすべて理解できているわけではない」と焦りを感じることがあるかもしれません。

しかし、神様は急いでおられません。

私たちが毎日1章ずつ、少しずつ御言葉を読み進めるその営みは、サグラダ・ファミリアの石を一つひとつ丁寧に積み上げていく作業と同じです。神様は、私たちの心の中に時間をかけて、美しく壮大な「聖なる宮」を建築してくださっています。

ガウディが自然の中に神様の愛を見つけ、祈るように石を積んだように、私たちも日々の生活の中で神様の御手を感じながら、マイペースに、そして着実に聖書の言葉を味わっていきましょう。

Fotografies de la maqueta de conjunt de bronze de la Basílica de la Sagrada Família, des de diferents perspectives.

サグラダ・ファミリア聖堂の、ブロンズ(青銅)製全体模型

最後に、ガウディの残した言葉と、聖書の言葉をご紹介します。

「神様のつくった自然から学ぶものでなければ、芸術とは呼べない」
―アントニ・ガウディ

「わたしは、あなたの指のわざなる天を見、あなたが設けられた月と星とを見て思います。人は何者なので、これをみ心にとめられるのですか、人の子は何者なので、これを顧みられるのですか。」
聖書 詩篇8篇4~5節

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