【聖書通読 第29週 6日目】見捨てきれない「神の涙」と、精霊なる神様にゆだねて実る「恵みの果実」

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【聖書通読 第29週 6日目】見捨てきれない「神の涙」と、精霊なる神様にゆだねて実る「恵みの果実」

士師記10章からは、何度裏切られても私たちを愛し抜き、私たちの痛みに胸をえぐられるような「神様の親心」を。そしてガラテヤ書5章からは、努力で絞り出すのではなく、神様の愛の光を浴びることで自然に育つ「御霊の実」について学びます。

【旧約】士師記 10章:突き放しても見捨てきれない「親の愛」

士師記も10章に入ると、イスラエルの民は完全に主を捨て、周囲の国々のあらゆる偶像(偽りの神々)を拝むようになります。当然、彼らは敵国から激しい攻撃を受け、どん底の苦しみの中で「主よ、助けてください!」と泣きつきます。
しかし今回、神様は非常に厳しい言葉を投げかけます。
「あなたがたはわたしを捨て、ほかの神々に仕えた。だから、もう救い出さない。あなたがたが選んだ神々に、助けを求めて叫ぶがよい。」(10:13-14)
この言葉だけを聞くと、神様が冷たく突き放したように見えます。しかし、これは「もうお前たちなど知らない」という無関心ではなく、愛しているからこその「究極の葛藤」でした。 ある非行に走った少年のエピソードを想像してみてください。 親に反抗し、親の財布からお金を盗み、「お前らなんか親じゃない!」と家を飛び出した息子。彼は悪い仲間と付き合い、やがてその仲間たちにも裏切られ、ボロボロになって借金を背負い、雨の夜に公衆電話から泣きながら実家に電話をかけてきました。 「自業自得だ。お前が選んだ仲間にお願いしろ!」と電話口で怒鳴った父親。しかし、電話を切った直後、父親は傘もささずに夜の街へ飛び出していきました。雨の中で震え、傷だらけになっている息子の姿を見つけた瞬間、父親は怒るどころかポロポロと涙を流し、自分の上着を脱いで息子を強く抱きしめたのです。
士師記10章16節には、異国の神々を取り除いたイスラエルを見た神様の姿がこう記されています。 「主はイスラエルの苦しみに、御心を痛められた。」 直訳すると「主の魂は、イスラエルの悲惨さに耐えられなくなった」という意味です。神様は、ルールで人間を裁く冷たい機械ではありません。私たちが裏切り、自業自得で苦しんでいる時でさえ、「もう見捨てる!」と言いながら決して見捨てきれず、私たちの苦しむ姿を見て誰よりも胸を痛め、涙を流して抱きしめてくださる。それが天のお父様の「痛いほどの愛」なのです。

【新約】ガラテヤ 5章:枝に「造花の実」を結びつけるのをやめる

ガラテヤ書5章でパウロは、「キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました」と高らかに宣言します。 私たちが厳しいルール(律法)から解放されたのは、好き勝手に罪を犯すためではありません神様の愛(聖霊)に心を明け渡し、内側から自然とあふれ出る愛によって歩むためです。
ここでパウロは、クリスチャンの内側に育つ美しい性質を「御霊の結ぶ実」と呼びました。
「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」(5:22-23)。
私たちはよく、この9つのリストを「クリスチャンとして守るべき新しい道徳の目標」だと勘違いしてしまいます。「もっと親切にしなければ」「もっと自制心を持たなければ」と、歯を食いしばって努力しようとします。 しかし、それは「冬の枯れ枝に、プラスチックの造花のリンゴを紐でくくりつけるようなもの」です。遠くから見れば立派な果実に見えるかもしれませんが、それは命のない偽物であり、紐が切れればすぐに落ちてしまいます。人間の努力(肉の行い)で作った優しさや喜びは、状況が悪くなればすぐに限界を迎えて枯れてしまうのです。
本物の果実はどうやって実るのでしょうか。 リンゴの枝は、「リンゴを作らなきゃ!」と汗を流して力んだり、唸り声を上げたりはしません。枝がすることはただ一つ、「幹にしっかりとつながり、お日様の光をたっぷりと浴びること」だけです。そうすれば、幹から豊かな栄養(樹液)が流れ込み、時期が来れば「自然と」美しいリンゴが実を結びます。
パウロが言いたかったのは、「自分で頑張って良い実を作り出しなさい」ということではなく、「聖霊(イエス様の愛)の光をたっぷり浴びていなさい」ということです。 私たちが「神様に愛されている」という喜びに浸り、祈りを通して聖霊なる神様との交わり(幹とのつながり)を保つとき、キリストの美しい性質は、造花ではなく「本物の命ある果実」として、あなたの人生に自然と実っていくのです。

今日一日の神様からの奨め

今日、もしあなたが「神様から離れてしまった」「失敗してしまった」と自分を責めているなら、あなたの痛みに御心を痛め、帰りを待っておられる天のお父様の胸に迷わず飛び込んでください。神様はあなたを決して見捨てません。
また、今日一日、「もっと良い人にならなければ」と、自分の枝に無理やり造花の実をくくりつける努力をお休みしてみませんか。 あなたがすべきことは、ただイエス様の愛という陽だまりの中に座り、その恵みを深呼吸することだけです。「神様、私をあなたの愛で満たしてくださいそしてあなたの愛の実を実らせてください。」と祈る時、御霊ご自身が、あなたの内側に美しい「愛と平安と喜びの実」を豊かに実らせてくださいます。愛と自由に包まれた、豊かな安息の一日となりますように。

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