【聖書通読 第24週4日目】タイトル:絶望の町に垂らされた「赤いひも」と、人間の知恵を超える聖霊の光 

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【聖書通読 第24週4日目】タイトル:絶望の町に垂らされた「赤いひも」と、人間の知恵を超える聖霊の光 

滅びゆく町エリコで、異邦人の遊女ラハブが示した命がけの信仰と、窓に結ばれた「赤いひも」による救いの約束を読みます。また、人間の小賢しい知恵や言葉のテクニックではなく、聖霊なる神様だけが教えてくれる「十字架の奥義」の美しさに触れ、自分の無力さを神の力へと変えていただく一日です。

ヨシュア記 2章 の解説

いよいよ約束の地へ進軍するにあたり、ヨシュアは敵の要塞都市エリコに二人の斥候(偵察隊)をひそかに送り込みます。彼らが身を隠したのは、町の城壁に住む「遊女ラハブ」の家でした。

当時のエリコは、神様の目から見て罪が満ち、やがて完全に滅ぼされることが決まっている「沈没寸前の豪華客船」のような町でした。町の人々はイスラエルの噂を聞いてパニックになっていましたが、誰一人としてまことの神にひれ伏そうとはしませんでした。しかし、町で最も身分が低く、誰からも尊敬されていなかったであろう一人の遊女だけが、全く違う反応を示します。

「あなたがたの神、主は、上は天、下は地において神であられるからです。」(ヨシュア記 2:11)

彼女は、自分の過去の罪や身分を言い訳にせず、ただ真っ直ぐに神様の偉大さを信じ、命がけで二人のスパイをかくまいました。

そして彼女は、自分と家族の命を救ってほしいと懇願し、一つの約束を交わします。

「私たちがこの地に入って来たなら、あなたは、私たちをつり降ろした窓に、この赤いひもを結びつけておかなければならない。」(ヨシュア記 2:18)

この「赤いひも」は、キリストの十字架で流された血潮の完璧なひな型(シンボル)です。 後にエリコの城壁が奇跡的にガラガラと崩れ落ちたとき、この赤いひもが結ばれたラハブの家だけが、まるでそこだけ重力が違うかのように崩れずに残りました。彼女が救われたのは、彼女の道徳的な行いが立派だったからではありません。大洪水のなかで、神様が垂らしてくださった「赤いひも(恵みの命綱)」に、信仰によって必死にしがみついたからです。 どんなに絶望的な過去や消せない罪があっても、キリストの十字架の血潮(赤いひも)という目印がある限り、神様はその人を必ず守り抜き、恵みの家族(ラハブは後に、ダビデ王やイエス・キリストの先祖となる)へと迎え入れてくださるのです。

第一コリント 2章 の解説

ヨシュア記で「行いの正しさではなく信仰による救い」を見たように、パウロもまた、コリントの教会に対して「人間の知恵の無力さ」を徹底的に語ります。

コリントはギリシャ哲学の影響が強く、人々は「いかに論理的で、美しい言葉で語るか」という雄弁術を評価していました。しかしパウロは、あえてその「人間的なテクニック」を捨て去りました。

「私のことばと私の宣教は、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現れでした。」(第一コリント 2:4)

パウロが語ったのは、ただ「イエス・キリストが十字架で死なれた」という、当時の知識人からすれば「愚かで、不格好なメッセージ」だけでした。なぜなら、人間の頭の良さで理解した信仰は、もっと頭の良い人に論破されればすぐに崩れ去ってしまうからです。

キリストの十字架という「神の奥義」は、教会のステンドグラスによく似ています。 外側(人間の知恵や常識)からステンドグラスを見ても、ただの黒くてくすんだガラスのつぎはぎにしか見えません。「あんなものの何が美しいのか」と世の人は笑います。しかし、ひとたび教会の内側に入り、太陽の光(聖霊の光)を通してそれを見た瞬間、息を呑むような鮮やかな色彩と美しい神の愛の物語が浮かび上がってくるのです。

「神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを、神の深みさえも探り出されるからです。」(第一コリント 2:10)

私たちが十字架の愛を知り、涙を流して感動できるのは、私たちが賢いからではなく、私たちの内に住んでくださる「聖霊なる神様」が、内側から光を当てて神様の深い愛を教えてくださっているからです。言葉のテクニックや人間の知恵に頼るのではなく、ただ聖霊の力に自分を明け渡すとき、私たちの弱さは最大の武器へと変わるのです。

③ 今日一日の神様からの奨め

「自分には人より優れた才能がない」「過去の失敗が恥ずかしい」。もしそんな思いが心をよぎるなら、ラハブの窓辺で風に揺れる「赤いひも」を思い出してください。 神様は、あなたの立派な経歴や、雄弁な言葉を求めてはおられません。ただ、自分には何の力もないことを認め、十字架の愛という命綱をギュッと握りしめるその純粋な信仰を、神様は何よりも美しく尊いものとして見てくださいます。 今日は、自分の弱さを隠すのをやめましょう。あなたの弱さの真っただ中に、神様が優しく光を当て、あなたの人生を色鮮やかなステンドグラスのように輝かせてくださることを信じて、安心して一日をお過ごしください。

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