
この記事の目次
③【道・真理・いのち】人生のジャングルを抜け出す「生きた道」——あなたを待つ、温かい家へ
「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。』」(ヨハネの福音書 14章6節 / 新改訳2017)
私たちは皆、「人生」という、一度も歩ききったことのない旅を続けています。
順調に歩いているように見えても、ふとした瞬間に「自分はどこへ向かっているのだろう」「この選択で本当に良かったのだろうか」と、深い森の中で迷子になってしまったような不安に襲われることはないでしょうか。
今日、まだ聖書の神様をご存知ないあなたへ、人生の迷子になってしまった私たちが、絶対に安心できる「故郷(帰るべき場所)」へとたどり着くための、とっておきのメッセージをお届けします。
1. 私たちに必要なのは「地図」ではなく「案内人」
私たちが人生で道に迷い、悩み苦しんでいる時、世の中にはたくさんの「地図」があふれています。
「こうすれば成功する」というビジネス書、「心を無にしなさい」という哲学、あるいは「良い行いをしなさい」という宗教の教え。これらはすべて、私たちがより良く生きるための「地図」や「コンパス」のようなものです。
しかし、もしあなたが猛吹雪の雪山で遭難し、寒さで手足が凍り、一歩も動けなくなってしまったとしたらどうでしょう。
そこにレスキュー隊員がやってきて、「ほら、これが下山するための正しい地図だよ。コンパスも置いておくから、この通りに自力で頑張って歩きなさい」と言って去ってしまったら、あなたはどうなるでしょうか。間違いなく、命を落としてしまいます。
凍えそうな私たちが本当に求めているのは、正しい道順が書かれた「地図(教え)」ではありません。
私たちを強く抱きしめ、背中に背負い、「大丈夫、私にしっかりつかまっていなさい。私があなたを家まで連れて帰るから」と言ってくれる、生きた「案内人」なのです。
2. 【エピソード】「道はどこですか?」「私が道です」
このことを美しく表している、ある有名な実話があります。
ある宣教師が、アフリカの深く鬱蒼(うっそう)としたジャングルで完全に道に迷ってしまいました。見渡す限り木々とツルが生い茂り、どっちへ進めばいいのか全く分かりません。途方に暮れていた時、彼は偶然、地元の小さな村を見つけました。彼は村の青年に、「どうか、私を一番近い町まで案内してくれないか」と頼みました。青年はうなずき、大きな山刀(なた)を一本だけ手に持って歩き出しました。青年は、道なきジャングルの草木をバッサバッサと切り倒しながら、どんどん前に進んでいきます。しかし、歩いても歩いても、一向に「ちゃんとした道」は現れません。周囲は相変わらずの深いジャングルです。不安になった宣教師は、青年の背中に向かって叫びました。「ねえ、本当にこの方向で合っているのかい? いったい『道』はどこにあるんだい!?」すると青年は、山刀を持ったまま振り返り、ニッコリと笑ってこう答えました。「お客さん、このジャングルに『道』なんてありませんよ。私が道です(I am the way)。私についてくれば、必ず町に着きます。」
このエピソードは、イエス・キリストが私たちにとってどのような存在なのかを、見事に表しています。
3. 「わたしが道である」という力強い約束
イエス・キリストは、「わたしが道を教えてあげよう」とは言いませんでした。
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」と宣言されたのです。
様々な宗教や哲学が「あっちに行け」「こう生きるべきだ」と指をさす中で、イエス様だけは「わたしについて来なさい。わたしにしがみついていなさい」と言われました。
あなたが自分の人生のジャングルの中で、「正しい生き方(真理)」が分からず、「生きる気力(いのち)」を失ってうずくまっている時、イエス様はあなたを見捨てることはありません。ご自身の命を投げ出して十字架にかかり、あなたの代わりにジャングルのイバラを切り裂いて、あなたを背負って歩んでくださる「生きた道」となってくださったのです。
4. 誰もが歓迎される「お父さんの家」へ
そしてイエス様は、「わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません」と語りました。
「キリスト教を信じない人はダメだ」というような、冷たい排除の言葉ではありません。これは、「あなたが帰るべき温かい実家(父のみもと)に繋がる、絶対に崩れない頑丈な橋を、わたしが命がけで架け終わりましたよ。だから安心して渡っておいで」という、愛に満ちた招待状です。
「父のみもと」とは、天地を造られた神様のふところ、つまり、あなたが何の条件もなしに「ただいま」と言って帰ることができる、魂の究極の居場所です。そこでは、あなたはもう誰かと比べられたり、成績で評価されたりすることはありません。「私の大切な子どもよ、よく帰ってきたね」と、無条件の愛で抱きしめられる場所です。
人生のジャングルの中で、自力で道を探すのに疲れてしまったなら。
今日、「私が道です」と手を差し伸べておられるイエス様のその手を、そっと握り返してみませんか。あなたが「助けてください」と心を開くその瞬間に、あなたはもう迷子ではなくなり、温かい神様の家へと向かう確かな道(いのちと平安)の上を、歩み始めているのです。

