「死でも引き離せない神様の愛」 ― ウン・ヨンとチョル・ホの物語 ―

「死でも引き離せない神様の愛」

― ウン・ヨンとチョル・ホの物語 ―

※以下は、迫害下のクリスチャン達を助け支援している団体の証言内容をもとに、背景を整理し再構成した紹介文です。
安全のため詳細は伏せられています。

1. 闇の国で生きるということ

北朝鮮では、キリストを信じることは“思想犯罪”と見なされることがあります。
聖書を持つこと、祈ること、賛美すること――それだけで家族ごと収容所に送られる可能性がある、と警告されています。
ウン・ヨンとチョル・ホは、その国に生まれました。
幼い頃から、「神などいない」「国家がすべてだ」と教えられて育ちました。
けれども、二人の心の奥には、説明できない空白がありました。
“恐れなく生きられる日”を、どこかで求めていたのです。

2. 国境を越えた出会い

やがて生活苦とさまざまな事情から、二人は命がけで国境を越えます。
飢えと寒さ、裏切りの恐怖、密告の不安。 生き延びることだけで精一杯の日々でした。
そんなとき、支援者たちと出会います。
安全な家、温かい食事、そして初めて聞く言葉
「神はあなたを愛している。」
最初は信じられませんでした。 国家がすべてだと教えられてきたのです。
“無条件の愛・見返りを求めない愛”という概念そのものが、未知でした。
しかし、聖書の御言葉を聞くうちに、 十字架で自ら命を差し出されたイエスキリストの姿に触れるうちに、 二人の心は静かに溶かされていきました。
「死でも私たちを引き離せない神の愛がある」 ローマ8章の言葉が、胸に深く刻まれました。

3. 安全か、使命か

安全な場所にとどまる道もありました。
新しい人生を築くこともできました。
けれども、ある夜、ウン・ヨンが静かに言いました。
祖国には、まだこの神様の愛を知らない人がいる。
チョル・ホは黙ってうなずきました。 それは、理屈ではなく、祈りの中で与えられた確信でした。
彼らは無謀ではありませんでした。 祈り、準備し、信頼できるネットワークの助けを受けながら、
危険を承知で祖国へ戻る決断をしたのです。
せっかく、死の危険を犯して自由な国へ出国したのに・・・
神様を否定し神様を信じる者を生かしておかない最大の危険の祖国に戻りました・・・
それは“英雄的行為”というより、 「愛に押し出された従順」でした。
神様と福音だけを携えて・・・

4. 地下の小さな灯り

帰国後、二人は決して大声で語りませんでした。
市場で、畑で、台所で―― ささやくように、福音を分かち合いました。
「恐れなくていい。 あなたは見捨てられていない。」
やがて、イエスキリストを救い主と信じる決心をする人が現れました。
また一人、また一人と・・・。
ある日、暗号のような短い知らせが外に届きました。
「私たちの家族は五人になりました。」
それは血縁ではなく、 信仰によって結ばれた“家族”が増えたという意味でした。

5. 死と隣り合わせの喜び

彼らは知っています。
発覚すれば、自分だけでなく家族も危険にさらされることを。
それでも、彼らの祈りは恐れに支配されていません。
そして、日本の教会のクリスチャン達のために祈っています。
「どうか、日本の教会とクリスチャンを励まし強めてください。 自由に礼拝できる人々が、さらに大胆になりますように・・・」と。
自分たちの安全よりも、 遠く離れた兄弟姉妹の信仰のために祈っているのです。

6. ローマ8章の現実

ローマ8章は、紙の上の約束ではありません。
「死も、生も… どんなものも、キリストにある神の愛から私たちを引き離すことはできない。」
ウンヨンとチョルホは、 その言葉を“理論”ではなく“現実”として生きています。
彼らの足元は不安定です。
けれども、彼らを握る神の愛は揺るぎません。

7. 私たちへの問い

私たちは安全な国に住み、 公然と聖書を開き、賛美し、祈ることができます。
では、私たちはその自由をどう用いているでしょうか。
迫害下のクリスチャン達は、 「苦難がなくなること」よりも、 「福音が広がること」を願っています。
ローマ8章の問いは、今日も私たちに響きます。
「だれが、あなたをキリストの愛から引き離せるのか。」
その答えが明らかであるなら、 私たちもまた、 恐れよりも愛を選び取る者でありたいのです。

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