
素晴らしい結論から逆算して生きる〜「いつも喜べる」私たちクリスチャンの特権〜
私たちは皆、先の見えない人生という物語を生きています。明日何が起こるか、今日抱えている問題がどう解決するのか、誰にも分かりません。しかし、私たちクリスチャンには、この世の誰にも真似できない驚くべき特権が与えられています。その驚くべき特権とは、「人生の最終的な結論をすでに知っている」ということです。
この記事の目次
結論から逆戻りできるクリスチャンの特権
物語を読むとき、結末が「ハッピーエンド」だと最初から分かっていれば、途中で主人公が絶体絶命のピンチに陥っても、読者はどこか余裕を持ってページをめくることができます。「この大ピンチが、一体どうやってあの素晴らしい結末につながるのだろう」と、伏線回収の期待すら抱くことができるのです。私たちにとって、その確かな「結末の保証」こそが、聖書の約束です。
すべてを益としてくださる神様
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」
(ローマ人への手紙 8章 28節 )
この御言葉は、クリスチャンにとって最も力強い土台です。神様は、私たちの人生の偉大な作者です。私たちが直面する悲しみ、苦しみ、さらには自分自身の失敗でさえも、神様の御手の中では無駄になりません。すべてのピースが複雑に、しかし完璧に組み合わされ、最終的には必ず「益(最高に良い結果/神様の栄光が現される)」として完成すると約束されているのです。
私たちは、この「神のご計画に従って召された人々のためには必ずすべてが益になる」という素晴らしい結論から逆算して、今の自分の状況を見つめ直すことができる特権を持っています。
嵐の中で「良かった」を探す
では、この特権を日々の生活の中でどのように生かしていけばよいのでしょうか。その実践的な答えが、次の御言葉にあります。
いつも喜べる本当の理由
「いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」
(第一テサロニケ 5章 16-18節)
「すべての事について感謝する」。これは、人間の力やポジティブ思考だけでできることではありません。嵐のような苦難の中で「これも良いことだ」と無理やり自分を納得させるのは、ただの自己暗示になってしまいます。
私たちがどんな状況でも「良かった」と喜べるのは、自分の強さによるのではなく、「最終的にこれを益に変えてくださる神様」を信頼しているからです。
絶望の中の「良かった探し」(コーリー・テン・ブームの証)
このことを深く教えてくれるエピソードがあります。第二次世界大戦中、ユダヤ人をかくまった罪でナチスの強制収容所に送られたオランダ人のクリスチャン、コーリー・テン・ブームとその姉ベッツィの物語です。
彼女たちが収容されたバラック(小屋)は、おびただしい数のノミがわき、悪臭が漂う最悪の環境でした。コーリーは絶望のあまり神様に不平を言いたくなりましたが、姉のベッツィは第一テサロニケの御言葉を思い出し、「すべてのことについて感謝しましょう。このノミのことも感謝しましょう」と言いました。コーリーは「ノミまで感謝するなんて無理だ」と思いましたが、しぶしぶ一緒に感謝の祈りを捧げました。
やがて不思議なことが起こります。看守たちが、そのバラックにだけは決して見回りに来なかったのです。理由は「ノミがうつるから」でした。看守が来ないおかげで、姉妹はバラックの中で隠し持っていた小さな聖書を取り出し、毎晩囚人たちに自由に御言葉を語り、祈りの会を開くことができました。最悪の環境の中で、ノミが彼女たちの信仰の自由を守る「盾」となっていたのです。
後にコーリーは、神様がノミさえも用いて益としてくださったのだと深く悟りました。これこそが、人間の理解を超えた神様の「伏線回収」です。
今日の状況に光を当てる
日常の「良かった探し」を始めよう
私たちは強制収容所にいるわけではありませんが、日々の生活の中で、人間関係の悩み、病気、仕事の行き詰まりなど、自分なりの「ノミ」に悩まされることがあります。「なぜこんなことが起こるのか」とため息をつきたくなる日もあるでしょう。
しかし、私たちには究極の結末が保証されています。今日一日、あなたの前にどのような困難が立ちはだかっていたとしても、神様はすでにそれらを「益」に変えるための作業を始めておられます。
結論から逆戻りしてみましょう。今は意味が分からなくても、後になって振り返ったとき、「あの日、あの出来事があったからこそ、今の恵みがあるのだ」と気づく日が必ず来ます。
今日、少しだけ視点を変えて、あなたの状況の中に隠された「小さな光」や「益の種」を探してみてください。「神様がすべてを益にしてくださるのだから、この中にも必ず感謝できることがあるはずだ」という、クリスチャンならではの力強い「良かった探し」です。
あなたの今日という日が、神様の確かな約束に支えられ、深い平安と喜びに満たされた一日となりますように。

