十字架 【 ルカ14:16-24 その➁ 】 恵みは“ふさわしい人”の報酬ではなく、“来る人”への贈り物 恵みは“ふさわしい人”の報酬ではなく、“来る人”への贈り物(ルカ14:16-24) 16するとイエスはこう言われた。 「ある人が盛大な宴会を催し、大ぜいの人を招いた。17宴会の時刻になったのでしもべをやり、招いておいた人々に、『さあ、おいでください。もうすっかり、用意ができましたから。』と言わせた。18ところが、みな同... 2026年3月19日 こころのオアシス
信仰 【 ルカ14:15-24 その① 】「今は忙しい」が、永遠を逃すとき 「今は忙しい」が、永遠を逃すとき(ルカ14:15-24) 16するとイエスはこう言われた。 「ある人が盛大な宴会を催し、大ぜいの人を招いた。17宴会の時刻になったのでしもべをやり、招いておいた人々に、『さあ、おいでください。もうすっかり、用意ができましたから。』と言わせた。18ところが、みな同じように断わり始めた。最初... 2026年3月19日 こころのオアシス
十字架 自分の罪に打ちのめされたとき、福音とキリストの愛が明らかにされる 自分の罪に打ちのめされたとき、福音とキリストの愛が明らかにされる ―ローマ7章から8章に学ぶ、絶望の中で見える福音の光― 聖書通読をしていて、心が苦しくなることはないでしょうか。 とくに、「深く考える問い」に向き合うとき、ただ聖書を読んで終わるのではなく、神様の前で自分の心が照らされ、自分自身の本当の姿が見えてきます。... 2026年3月16日 こころのオアシス
十字架 「主に従う道」は重荷ではない!ルカ9章が語る福音と本当の自由!! 「主に従う道」は重荷ではない!ルカ9章が語る福音と本当の自由!! クリスチャンとして歩んでいると、ときどき心の中にこんな思いがよぎることがあります。 「主に従うとは、自由を失うことなのだろうか」 「聖書の教えは厳しすぎるのではないか」 「自分を捨てるとは、自分らしさをなくすことなのか」 とくに、ルカ9章にある主イエスの... 2026年3月13日 こころのオアシス
信仰 重荷が軽くなる秘訣は「主のくびき」だった——イエス様と同じ向きを向いて歩む恵み(マタイ11:28-30) 重荷が軽くなる秘訣は「主のくびき」だった——イエス様と同じ向きを向いて歩む恵み(マタイ11:28-30) 「くびき」と聞くと苦しい義務のように感じますが、イエス様のくびきは私たちを縛るものではなく、主と同じ向きを向いて歩むための恵みです。重荷を渡し、主に学び、主が共に引いてくださる安息の真理を、マタイ11:28-30か... 2026年3月9日 こころのオアシス
救い 【迷子の羊・失われた銀貨・放蕩息子】「失われた私」を救った三位一体なる神の恵みの福音 「失われた私」を救った三位一体なる神の恵みの福音(迷子の羊・失われた銀貨・放蕩息子) ルカの福音書15章には、心に深く響く3つのたとえが続けて語られています。 迷子の一匹の羊(ルカ15:3–7)、失われた銀貨(ルカ15:8–10)、そして放蕩息子(ルカ15:11–32)です。どれも「失われたものが見つかる喜び」を語りま... 2026年3月6日 こころのオアシス
信仰 キリストに似た者へと変えられていく|義認・聖化・栄化の恵み キリストに似た者へと変えられていく|義認・聖化・栄化の恵み イエス・キリストを信じて救われた者には、どれほど大きな恵みが与えられているのでしょうか。私たちは、ただ「罪が赦されました」で終わるのではありません。神は、キリストを信じる者を義と認めてくださり、この地上の生涯ではイエス・キリストに似た者へと変え続けてくださり、... 2026年3月5日 こころのオアシス
十字架 【クリスチャンでない方にも届く】『ゲッセマネの祈りが教えてくれること』 【まだクリスチャンでない方にも届く】『ゲッセマネの祈りが教えてくれること』 ゲッセマネの祈りが教えてくれること イエス様が十字架にかかられる前の夜、ゲッセマネという園で、ひとり深く祈られた場面があります。 その祈りは、とても苦しい祈りでした。 聖書には、汗が血のしずくのように落ちるほど苦しまれた、と書かれています。 ど... 2026年3月1日 こころのオアシス
十字架 「死でも引き離せない神様の愛」 ― ウン・ヨンとチョル・ホの物語 ― 「死でも引き離せない神様の愛」 ― ウン・ヨンとチョル・ホの物語 ― ※以下は、迫害下のクリスチャン達を助け支援している団体の証言内容をもとに、背景を整理し再構成した紹介文です。 安全のため詳細は伏せられています。 1. 闇の国で生きるということ 北朝鮮では、キリストを信じることは“思想犯罪”と見なされることがあります... 2026年2月28日 こころのオアシス
信仰 迫害に耐える力はどこから来るのか?クリスチャンは圧倒的な勝利者です。 迫害に耐える力はどこから来るのか ― ローマ8章35〜37節に学ぶ「圧倒的な勝利者」の信仰 ― > 「私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか…しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」 >... 2026年2月26日 こころのオアシス
十字架 【伝道メッセージ】わたしの愛は見返りを求める愛、神様の愛は見返りを求めない愛 わたしの愛は見返りを求める愛、神様の愛は見返りを求めない愛 ― 失恋から知った“真実な愛”と“十字架・復活の福音” ― 失恋で崩れた「真実な愛」という思い込み わたしは見返りを求めない愛だと思っていた わたしが初めて教会に足を踏み入れたのは、クリスマスの時でした。 その頃のわたしは、失恋して打ちひしがれていました。 自... 2026年2月23日 こころのオアシス
十字架 迷子の羊を抱きしめる神様、そして私が神様にある絶対的平安 迷子の羊を抱きしめる神様、そして私が神様にある絶対的平安 子どものころを思い出してみてください。 外が大雨でも、雷が鳴っていても、お父さんやお母さんがそばにいてくれれば、なぜか安心できませんでしたか。 逆に、晴れていて、まわりがどんなに安全そうでも、親の姿が見えないだけで不安になり、涙が止まらなくなったことはありません... 2026年2月20日 K•HONJO