ノアの箱舟と大洪水の証拠

以下のノアの箱舟についてのYouTube動画の時間は、

一つ目は、 5分 です。この一つ目だけでも見て下さい・・・

二つ目は、 1時間 52分 です。(すごく長いです・・・1,5倍速なら74分くらい・・・それでも長いですが・・・)

三つ目は、 9分41秒 です。

 

 


 

この記事の目次

ノアの箱舟は「おとぎ話」なのか

――疑いから逃げずに、福音の中心へ――

「ノアの箱舟が信じられないから、イエスキリストを信じられない」
そう言われる方がいます。
その気持ちは、分からないでもありません。
“信じる”という言葉が、根拠のない思い込みに見えてしまうときがあるからです。

でも、ここで大切なのは順序です。
聖書がまず中心に置くのは、**ノアの箱舟そのもの**よりも、**神の救いそのもの**です。
そして救いの中心は**イエス・キリストの十字架と復活**です。

その上で、科学的に言える範囲も、誠実に整理しましょう。

① ノアの箱舟は実在したのか

まず正直に:科学が「確証」と言える範囲/言えない範囲

よく、「聖書は科学的ではないから信じられない」という言葉をよく聞きます。でもそもそも【科学的に証明するということ】について知っていただきたいことがあります。なぜなら過去に起こった出来事で何度も実験などで繰り返すことが出来る事象においては科学的に証明することが出来るのです。でも、過去の事で繰り返し起こすことが出来ないことに関しては、その過去に戻ってその現場で現場検証できないですから科学的には証明できないのです。たとえば犯罪捜査で、100%科学的に証明することはできないのです。ですから犯罪捜査などの場合、証拠や証人、物的証拠などによって判断するしかないのです。指紋検証やDNA鑑定といっても冤罪がゼロになるということではありません。なぜなら犯人に仕立て上げられ十分と思える証拠をあらかじめ準備されたら冤罪が起こることがあります。ですから、過去に起こったかどうかということを証明するためには、数多くの証拠や証人を集める必要があります。

この記事の一番上にあるYouTube動画すべて見るには相当時間がかかりますが、ノアの箱舟が事実であるということの証明に関して、邪魔をするのは【進化論】です。たとえば、数多くの化石が発見されていますが、進化論の考え方からある地層にあるはずのない化石が見つかった場合、進化論の考え方から言うとあり得ないので進化論を否定するような事実は排除されてしまうということがまかり通っているのです。

ですから、この進化論の立場に立った人たちから言わせると、「地球全体を覆った全球規模の大洪水」を、現代の主流地球科学として“確証”するのは難しい、というのが現状です。
その理由は、氷床コア・地層・化石分布・年代測定など、複数の独立したデータを一つの説明で整合させる必要があり、全球洪水モデルには多くの課題があると批判されてきたからです。

その批判は、現在の社会が、進化論の考え方にのっとった多くの科学者たちが支配する社会だからとも言えます。また、すべての人が罪人であるということ(すなわち罪人とは神様を認めないというよりも神様を認めたくないという生まれつきの性質があるから)が一番大きな前提でもあります。
こんな言い方は良くないかもしれませんが、今現在ある多くの論文の前提となる証拠(人類学、地質学、生物学などの多くの発見された物証などから判断された論文の根拠とされる証拠)などは、いろいろな物証や見解などから導き出された結論としての帰納法による進化論というよりは、演繹法的な【結論ありき(結論先取り)】の考え方にのっとっているからです。

帰納法(きのうほう)は、いくつかの具体例・観察結果(個別)から、共通点を見つけて一般的な結論(全体)を導く考え方です。

演繹法(えんえきほう)とは、結論(一般原理)→理由・根拠→具体例の順で展開するやり方です。
いわゆる「結論ファースト」で、例:「Aは正しい。なぜなら…だから…例えば…」結論を仮説として決めて、それを説明するために都合のいい理由や根拠などを収集して結論を正当化していく考え方です。

※ただし演繹法は、本来「一般ルールから個別結論を導く論理」なので、単に“結論から話す”だけの場合は、厳密には次の2)や3)の意味にもなり得ます。

※2) 結論ありき(結論先取り)最初に結論を決めて、あとからそれに合う理由を並べるニュアンスです。

※3) 確証バイアス(confirmation bias)「自分の結論・信念を先に決めて、合う情報だけ集め、合わない情報は軽視する」傾向を指します。

② そして、なぜ箱舟が作られたのか

H3 箱舟は「工学の話」より先に「救いの物語」

箱舟は、単なる巨大船の話しではありません。
聖書の内容はこうです。

* 世界に罪が満ち、裁きが近づく
* しかし神は、救いの道を“先に”備える
* そして「箱舟に入る者は救われる」という招きを置く

ここに福音の“型”があります。
裁きがある。
でも救いは、もっと確かに用意される。

③ 罪の裁きは、あなたにも大きく関係することです

「死」と「裁き」は、遠い昔の話ではない

聖書は鋭く言います。
「人間には一度死ぬことと、死後裁きを受けることが定まっている」(ヘブル9:27)。 

これは脅しではありません。
現実を見据えた“目覚まし”です。
私たちは、自分の人生を自分で永遠に支えられない。
だからこそ、救いが必要になります。

そして直後に、福音が続く

同じ流れで聖書は言います。
**「キリストが多くの人の罪を負うために、一度ささげられた」**(ヘブル9:28)。 

ここが中心です。
裁きがある。
しかし神は、逃げ道ではなく、「イエスキリストの身代わりの十字架」を備えたのです。

④ あなたにとってのノアの箱舟は?

今、私たちに与えられている“箱舟”はイエス・キリスト

ノアの箱舟が指し示す救いは、最終的にここへ向かいます。

* 神が人となって来てくださった
* 罪なき御子が、私の罪の刑罰を身代わりに受けて十字架で死なれた
* 墓に葬られ、三日目に復活してくださった。そして神が備えた救いが真実であることを示された。

箱舟は「木の箱」。
キリストは「生ける救い」。
今の時代、救いの扉は、【キリストご自身】です。

「信仰」は雲をつかむ話ではない

信仰とは、根拠ゼロのやみくもの話しではなく、事実と証拠にもとずいた真理を受け入れることです。
それは、神が与えた救いを、『幼子のように受け取る』ことです。

* 自分の罪を“言い訳”せず認める
* キリストの十字架を「私のため」と受け取る
* 復活の主に、自分の人生の主権をお渡しする

これが、救いに入る道です。

ノアの箱舟が事実であったかどうか信じられないからイエスキリストを信じられないというあなたへ。

もしあなたが、ノアの箱舟が事実であったと理解できないから神様を信じる信仰が持てないというなら・・・

申し訳ありません。あなたは神様を理解してから神様を信じるというのでしょうか。あなたはすごく優秀な頭の良い方だと思います。でも、どんなに頭脳明晰で知能指数が200を超えていても、神様を理解することなどできるでしょうか。

あなたは、親友を100%理解して、親友の存在を信じておられるのでしょうか。同じ人間でも人間同士理解しづらいものです。しかし、なぜ親友関係を保つことが出来るのでしょう?それは信頼関係を持つことが出来るからです。

とするなら、神様はわたし達が信頼に値する絶対的な方ではないでしょうか。だのに、その神様を理解できないから信じられないということほど愚かなことはないのではないでしょうか。

まして、ノアの箱舟がしんじられないから神様を信じられないということほど愚かなことはありません。

もしあなたが今、
「ノアの箱舟が完全に事実であったと理解できない。納得できない。」と思い、
「科学的に全部証明できないのではないか」
と感じているなら、こう覚えてください。

救いの土台である福音の真理は・・・
【“箱舟の発見”ではなく、十字架と復活のキリスト】です。

扉は開いています。
救いは用意されています。
あとは、入るかどうか【救いの箱舟であるイエスキリストを信じるかどうか】です。

どうかあなたが、幼子のような素直な信仰によってイエスキリストを主として救い主として信じることができるようにお祈りしています。
十字架の赦しと、復活のいのちの確かさの上に、立ってください。

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