【聖書通読第7週5日目】神の家を整えることと 同じくらい 心の家を整えることが大切

 

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【聖書通読第7週5日目】神の家を整えることと 同じくらい 心の家を整えることが大切(出エジプト記37章・38章/マルコ7章)

出エジプト記37章 幕屋の中心が形になる章

【内容の解説】

37章では ベツァルエルが契約の箱・ 贖いのふた・ 机・ 燭台・ 香壇などを作ります。
どれも幕屋の「中心」に置かれるものです。
契約の箱は 神の臨在と約束を思い起こさせます。
燭台は 光が絶えず灯されるように整えられます。
机は 日ごとの備えが主の前に置かれる形です。
香壇は 主の前に祈りが立ち上ることを示します。

【神様が望んでおられること】

神様は 礼拝を気分や思いつきに任せず 御言葉に従って整えることを望まれます
中心をずらさないで生きることを望まれます
主の臨在を最優先にし 光の中を歩き 祈りを絶やさず 日々の備えを主にささげる歩みへ招かれます

出エジプト記38章 外側の働きと共同体の誠実

【内容の解説】

38章では 全焼の祭壇・ 洗盤 ・幕屋の庭の囲いが作られます。
また ささげ物の金 銀 青銅の量が記録されます。
これは ただ細かい数字の話ではなく 礼拝が誠実さで支えられていることを示します。
献げたものが丁寧に扱われ 共同体の手で神の家が形になるのです。

【神様が望んでおられること】

神様は 礼拝を支える奉仕や準備を軽んじないことを望まれます。
また ささげ物や働きが 目立つためではなく 主のために誠実であることを望まれます。
派手さよりも 真実さ 透明さ 一致を喜ばれます。
神様の家は 誰か一人の情熱ではなく 皆の忠実で建て上げられていきます。

マルコ7章 汚れは外側より心から出る

【内容の解説】

この章でイエスキリストは 伝統によって神の戒めが空回りする危険を指摘されます。
手洗いの規定自体が問題というより 形式を守ることで心が神から離れてしまうことが問題です。
主は 人を汚すのは外から入るものではなく 心から出る悪い思いだと言われます。
さらに 異邦人の女性が必死に願い続け 主はその信仰を受けとめて娘を癒やされます。
そして 耳の聞こえない人が癒やされ エパタ 開け と宣言されます。
主は 形式ではなく 真実な願いを受けとめ 閉ざされたものを開いてくださいます。

【神様が望んでおられること】

神様は 形だけの信仰で満足しないことを望まれます。
心の中にあるものを主の光にさらし 赦しときよめを受け取って歩むことを望まれます。
また 自分は外側を整えたから大丈夫という安心を捨てて 主により頼む信仰へ招かれます。
主は 砕かれた叫びを軽んじず 近づく者を退けないお方です。

3章のつながりとまとめ

出エジプト記37章と38章は 礼拝の道具と場が 御言葉どおりに整えられていく姿を見せます
中心は主であり 光と祈りと備えが 生活の中に据えられていきます
そして 共同体の献げ物と誠実さによって 礼拝が具体的に支えられます

一方 マルコ7章は その礼拝が形だけになってしまう危険を正面から示します
神の家を整えることと 同じくらい 心の家を整えることが大切だと教えます

今日の問いはここにあります
主のために整えているつもりの中で いつの間にか中心が自分になっていないでしょうか
外側は正しいのに 心は遠くなっていないでしょうか
主は 形を捨てろではなく 形の内側にある真実へ戻れと招かれます
主の臨在を中心に置き 祈りの香りを絶やさず 心の汚れは主に明け渡し 砕かれた信仰で主に近づく
その歩みを神様は今日も望んでおられます

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