
聖書通読【5日目】
この記事の目次
主の足あとをたどる365日 1日3章で心を整える(ショートメッセージ付き)
(5日目】アブラハムへの祝福の約束から、イエスキリストの8つの祝福の宣言へ。
地のすべての部族を包む神の計画(創12/マタ5)
バベルの塔のあと。
人の心は「もっと高く。もっと強く。もっと有名に」と叫び。
結果として言葉は乱れ、人々は散らされました。
まるで、みんなで同じ方向へ走っているのに、いつの間にか別々の駅で降りてしまったような感じです。
「一つになりたい」と思ったのに、逆にバラバラになる。
これが人間の力だけで作る“安心”の限界です。
でも、聖書通読の面白さはここからです。
神は混乱を「はい終わり」にしません。
むしろ、ここから“祝福の道”を新しく開いてくださいます。
今日のテーマはこれです。
「地のすべての部族への祝福の約束(創12)→祝福の宣言(マタ5の八福)。」
約束が置かれ。
宣言が語られ。
そしてその中心に、救い主イエス・キリストが立っておられます。
通読は、この“つながり”が見えるから、続けるテンションが上がります。
創世記12章。
祝福は“独り占め”ではなく“通り道”として与えられる。
神はアブラムに言われます。
「あなたは、生まれ故郷を出て、わたしが示す地へ行きなさい。」
この召しの後には
しかし、ただ神様は「あなたは、生まれ故郷を出て、わたしが示す地へ行きなさい。」とだけ命令されたのではありません。
聖書を読むときの注意点として、
神様の命令には必ず『神様の祝福の約束』が添付されています。
すなわち、神様の命令と神様の祝福の約束はセットなのです。
ですから神様がアブラハムに命じた命令、出て行きなさいという命令は、神様が「出て行きなさい」と言い放つだけで終わらないということです。
神は必ず“約束”を添えられます。
「あなたを祝福する。
あなたの名を大いなるものとする。
あなたを大いなる国民とする。
地のすべての部族は、あなたによって祝福される。
・・・・」
この言葉は、心の底にドーンと置いていい素晴らしい宝物です。
なぜなら、祝福とは「気分がいい」だけのことではないからです。
祝福とは、神があなたの人生に“善い目的”を与え、
あなたを通して周りにも命を流していくことです。
例えるなら、祝福は“貯金箱”ではなく“蛇口”です。
貯金箱は溜めるだけ。
蛇口は流す。
溜めているだけだと、自分の中で「まだ足りない」「もっと欲しい」と不安が増えやすい。
でも流していると、「神が私に注いだものが、誰かに届いた」という喜びが増えていきます。
祝福は、神の恵みがあなたを通って流れていくために与えられます。
そして創世記12章のスケールは、いきなり世界サイズです。
「地のすべての部族」。
神の視野は、最初から世界です。
これは「あなたの人生を小さくまとめない」という宣言でもあります。
あなたの一歩が、誰かの一歩になる。
あなたの慰めが、誰かの慰めになる。
あなたの祈りが、誰かの希望になる。
神はそのように“祝福の連鎖”を始められます。
ここで、背後にイエス・キリストの影がはっきり見えます。
「地のすべての部族への祝福」は、最終的にキリストの十字架と復活によって開かれました。
なぜなら、祝福の最大の妨げは「罪」と「死」だからです。
罪があると、祝福は途中で詰まります。
死があると、祝福は途中で止まります。
でもイエスは十字架で罪を担い。
復活で死を打ち破り。
祝福の道を世界へ通しました。
だから創世記12章は“福音の源流”です。
小さな泉が、やがて大河となって地を潤すように。
アブラムへの召しは、やがて全世界へ届く救いの始まりなのです。
そして安心していいのは、アブラムが完璧ではないことです。
このあと彼は、恐れたり、迷ったり、弱さを見せたりします。
でも神は導きをやめません。
例えるなら、神の導きは“カーナビの再計算”です。
道を間違えても、怒鳴りません。
「ルートを再計算します」と言って、目的地へ導き直します。
通読を続ける人にも、同じ恵みがあります。
遅れても。
抜けても。
また歩き直せます。
神はあなたの歩みを投げ捨てません。
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マタイ5章。
八福は「祝福の宣言」。神の国の幸いは、弱さの場所から始まる。
マタイ5章で、イエスは山に上り、口を開いて教え始めます。
そこで「幸いです」が連続します。
いわゆる八福(8つの祝福)です。
ここで大切なのは、「幸い=勝ち組」と思わないことです。
八福(8つの祝福)に登場するのは、
むしろ“弱さの場所で自分の弱さを認めた者”
“自分の愚かさを受け入れた者”にいる人たちです。
心の貧しい者。
悲しむ者。
柔和な者。
義に飢え渇く者。
あわれみ深い者。
心のきよい者。
平和をつくる者。
迫害される者。
このリストを見ると、こう思いませんか。
「え。
そこが幸いの入口なの・・・」
そうです。
ここが入口です。
八福(8つの祝福)は、表彰状ではありません。
「あなたは優秀だから幸いです」という話ではありません。
八福(8つの祝福)は“招待状”です。
「今の神様の前にあるあなたの悲惨な状態をあなたが素直に認めて
イエスキリストに必死に助けを求める者なら、神の国の祝福に招かれている」。
そういう宣言です。
例えるなら、八福は“病院の待合室に貼ってある案内”のようです。
「高熱の人はここへ。
息が苦しい人はここへ。
助けが必要な人はこちらへ。」
病院は、元気な人が自慢しに行く場所ではありません。
弱っている人が助けを受け取る場所です。
しかし、まず自分が弱い者である事を認めるからこそ助けを求めるのです。
そして、罪にたいして無力な者である事を認めるからこそ成し遂げられた罪の赦しを求めるのです。
また、自分が罪深く神様に愛される価値なき者である事を認めるからこそ神様から報酬としてではなく無償のプレゼントとしての罪の赦しを求めるのです。
神の国の祝福も同じです。
「心の貧しい者」こそ、「助けが必要だ」と正直に言える人です。
だから救いを求めるから受け取ることができるのです。
自分自身が悲しむべき者であると認めるからこそ、涙の場所で神の慰めを知ることができるのです。
だから幸いなのです。
イエスキリストの前にあって、弱さを恥としてはならないのです。
自分の弱さ愚かさを認め受け入れることを“入口”に変えてくださいます。
そして八福(8つの祝福)は、私たちの価値観をひっくり返します。
世の中は
「強い人が上。
目立つ人が勝ち。
先に奪った人が得。」と言いがちです。
しかしイエスキリストは
「柔和な者は幸い。
あわれみ深い者は幸い。
平和をつくる者は幸い。」と言われます。
これは「神の国の価値観」の宣言です。
つまり八福(8つの祝福)は、“新しい生き方の地図”です。
迷いやすい心に「この方向だよ」と示してくれる地図です。
ここでも、十字架と復活が背後に見えます。
なぜなら、この祝福を語る方は、のちに十字架へ向かう方だからです。
弱いと認めた者のために。
罪人と認めた者のために。
十字架で身代わりとなって死んでくださる方だからです。
そして復活され、永遠のいのちを与えてくださる方だからです。
ですから八福(8つの祝福)は、気休めではありません。
根拠のある祝福です。
「救い主が十字架への道を歩まれた」。
「そして死の力を打ち破り復活してくださった救い主であり、すべてに勝利した勝利者であるからです」。
この事実に支えられた宣言なのです。
つながり。
創12の“約束”が、マタ5の“宣言”で輪郭を持つ。
創世記12章の約束は「地のすべての部族への祝福」です。
では、その祝福は、どんな人に届くのでしょう。
どんな人が、その祝福を受け取り、どんな人が“祝福となる”のでしょう。
それをイエスがマタイ5章で明らかにします。
「幸いです」。
祝福は、特別な人だけのものではない。
弱さの場所にいる人に届く。
涙の場所から始まる。
助けを求める人に近づく。
これが神の国の祝福です。
さらにマタイ5章には「地の塩」「世の光」という言葉もあります。
これは創世記12章の「あなたは祝福となる」と響き合います。
塩は、目立たなくても働きます。
料理に少し入るだけで、全体の味を整えます。
光は、暗闇でこそ価値が分かります。
一つの灯りが、部屋の輪郭を取り戻させます。
あなたが祝福となるとは、派手に有名になることだけではありません。
日常で、静かに、確かに、誰かの心を守り、整え、照らすことです。
それが“神の国の生き方”です。
ここが通読の醍醐味です。
創12が「設計図」だとすると。
マタ5は「完成図の公開」です。
同じ家(救いの計画)を、角度を変えて見せているのです。
だから点が線になります。
旧約と新約がつながり。
「神の祝福って、こういう形で私に来るんだ」と分かるようになります。
これが続ける力です。
まとめ。
今日の一歩で、通読は“生活の力”になります。
今日、まず一つだけ、刺さった節をメモしてください。
そして八福(8つの祝福)の中で「今の自分に一番近い幸い」を一つ選んでください。
「心の貧しい者」。
「悲しむ者」。
「義に飢え渇く者」。
どれでもいいです。
一つ選ぶと、みことばが今日のあなたの生活に接続されます。
次に、こう祈ってみてください。
「主よ。
あなたの祝福の約束が、私にも届くことを感謝します。
私を祝福の通り道にしてください。
イエス・キリストの十字架と復活の恵みの中で、今日も歩ませてください。」
通読は、毎日“2章から3章づつの旅”です。
でも一年後、景色が変わります。
バラバラだった聖書が、一本の物語になります。
バラバラだった自分の気持ちも、少しずつ整います。
祝福は、ただ「うれしい出来事」だけではなく、
神があなたを通して人を潤す力になっていきます。
今日も一緒に進みましょう。
祝福の約束から。
祝福の宣言へ。
そしてその中心にいる救い主を、通読の中でますますはっきり見ていきましょう。
